38年 生まれていましたか? | あべかわもちのブログ

あべかわもちのブログ

ハッピーを拾い集めて ハッピーのおすそ分け

「さんぱち豪雪」という言葉があるそうです

昭和38年豪雪 です

 

被害の大きかった 

台風や地震などの自然災害に

直ぐにそれとわかる

表現が(名前のように)ついていますよね

 

昭和38年に日本海側に大きなダメージを

もたらした豪雪があったのです

それが

「38豪雪です」

 

はい

私はすでに生まれていました

 

平成生まれが結婚して親になっている時代です

昭和38年なんて大昔ですかしら?

 

新潟平野の小さな町の郊外に住んでいた私は

町中の不思議な光景を鮮明に覚えています

 

町はずれの町営住宅に住んでいた私

毎年冬は雪が積もるので

雪は子供にとって

砂遊びよろしく 絶好の遊び場でした

砂場よりダイナミックな

雪国の雪遊びの だいご味は想像外でしょう

 

生活するには雪は厳しいものだったと

想像します

 

でも 遊びの天才 子供たちは

雪のおかげで お店屋さんになり

売るものは想像できる限りの自由の中にあり

なんだって売ってました

 

ままごと道具がどの家にもありました

絵具を解いて雪に色を付けて

ままごとのカップで型を取り

雪で作った お店の棚に並べて売ります

 

兄弟姉妹 みんなで お店屋さん

そして お客さんです

寒くても 毛糸の手袋が 

雪が解けてびしょびしょになっても

冷たくて かじかんだ手でも

長靴の中の足が凍えていても

楽しい遊びでした

 

 

屋根に積もった雪を放置すると

家がつぶれかねないので

雪下ろしをします

大人たちは 生活を守るために必死

だったことでしょう

 

町中は その雪下ろしの雪が 行き場がなくて

道路に降ろされて

つまり 屋根の雪を仕方なく道路に落として

しのいだので

道路に面した商店の人々は

二階から出入りしていたほどです

 

私は その光景を鮮明に覚えています

一本道の町場の商店の連なるところに入ったとたんに

雪は2メートル以上になり

2階の窓々がつらなって 視界にあり

空中を歩いているような気分だったこと

 

窓にアルミのサッシもなく

エアコンもなく

ホットカーペットもなく

瞬間湯沸かし器もなく

 

火鉢と こたつ だけの暖房

地中が天然の冷蔵庫で

穴を掘ってその中に野菜を保存してました

 

人それぞれに 歩んできた日々があります

貴女の 思い出の 一コマは 輝いていますか?

悲しいことも つらいことも 楽しいこと 幸せの絶頂

いろいろありますが そのすべてが 生きている

意味のある歴史なんですよね