〝あの頃シリーズ〟ブログ、今回はAcid Black Cherryの誕生というタイトルでお届けします。

 

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Acid Black Cherryの誕生

 

ソロ活動を始めるにあたり名前をどうしようか、という話になりました。

yasu、あるいは林保徳で行く案もあったけど、バンドに拘りもあるし、個人名よりも表現の幅が広がるのでバンドともユニットとも取れるプロジェクト名にしようということに。

 

yasuが考えて、いくつか名前の候補案を持って来ました。

 

このとき既に Black Cherryのデモ版も上がっていて、アーティストカラーを象徴するような強いナンバーでもあったから、yasuの持って来た名前の候補案の中にも Black Cherryがあるなら、もうそれでいいよね、と会議参加者全員(yasu、僕、事務所社長、マネージャー、エイベックスDir)満場一致で、「Black Cherry」に決まりました。

 

ところが次の会議のとき、

今出てる、倖田來未さんの最新アルバムのタイトルがBlack Cherryなんですがどうしますか?

とエイベックスのディレクターから報告、相談があって。

 

気にしなければ良いのかもしれないけど、倖田來未さんのアルバムよりも、yasuのソロデビューの方が後になるうえ、日程的にもそんなに離れてない。

おまけに同じレコード会社ともなると気にするなという方が無理がある。

 

Black Cherryは断念して他の案を模索することに。

ところが僕らはすっかりBlack Cherryで行く、という頭になっていたから、もはや他のどの候補名もしっくり来ない。

そもそもこの作業自体なんだか妥協してるような気分にもなりました。

 

僕は、yasuが持って来た候補名をもう一度じっくり見ました。

 

Acid ◯◯(覚えてない)という名前があったので、そこからAcid部分だけ頂いて、

 

「Acid Black Cherry 略してABC」

 

と言ってみたら参加者全員に爆笑されました。

どうやらジョークだと思われたらしい。

 

僕は大真面目だったので続けて

「Aから始まった名前ならCDショップでも探しやすいし、Aはキス、Bはペッティング、CはSEXって具合にyasuがアーティストコンセプトにしようとしてるエロとも符合する。良いと思うんだけどなぁ」

と主張しました。

 

すると当時のマネージャーも「Acid Black Cherry 略してABC。いいじゃん」と強い賛同に変わり、しばらく全員で話し合った末、yasuのソロ名義はAcid Black Cherryで行くことに決まりました。

 

確かに会議では決まったけれど、その場の雰囲気でyasuを押し切ってしまった気がしないでもない。

 

アーティストとして成長著しい今のyasuが、安易に流されて了承するはずがないとは思いながらも、また謙虚なyasuが首をもたげてしまったのかも、と少しだけ不安でした。

 

yasuの本音が知りたかった。

 

でも後日。

yasuは、歌詞中にA、B、C、アルファベットのセクシャルな言葉遊びを散りばめて、仮タイトル「デビュー」に「SPELL MAGIC」という名を授けて僕に届けてくれました。

 

Acid Black Cherryという名前でしか成立しない、アーティストAcid Black Cherryに相応しい完全なるデビュー曲に仕上げて来たのです。

 

前にも言ったように「デビュー」はyasuにとってとても大切な曲です。

 

yasuから手渡されたSPELL MAGIC。

 

〝俺はこれからAcid Black Cherryで行く〟

 

yasuの強い決意表明として僕はそれを受け取りました。

頼もしかった。

 

こうして、会議で決まっただけで、まだ概念でしかなかったAcid Black Cherry が、その日、yasuに「SPELL MAGIC」という命を与えてもらって正式にこの世界に誕生しました。

 

2007年3月30日のことでした。