どこで人生が狂ったのか考えてた

小学校まではよかったけど、中学からのいじめで人生狂ったと思う

あえて地名を言うけど、埼玉県志木市の志木中

ここの中学と周りの地域の住民はくそだった

今は住人の転入転出が多いから知らないけど

どんないじめだったのか、結局どうなったのか、志木中に入れようとしている親世代の人が見てくれることを祈る

 

幼稚園から友達だった幼馴染の女友達Aがいた、Aはとても気が強く、スポーツ万能、よく喋って、友達も多かった

対照的に私はAについて回って遊んでいた

中学に上がると、Aには友達がたくさんいて私と遊ぶことも少なくなった

ある日、Aの周りの友達がAと対照的に私のことを「なんでAはあんな暗いやつと一緒にいるの?」と目の前で言っていた。

Aは何も答えなかった

ここから私の人格は狂っていったんだと思う

 

それから、Aは私と話すこともしなくなり私はひとりぼっちになった

私の目の前で悪口を言い、同調するA

私はそれを見て、「あー。裏切られたんだ」と思った

実際裏切られていた。

そこから、私へのいじめ嫌がらせが加速する。

 

最初は、お気に入りの自分の傘がベランダに折られた状態で捨ててあった

次は机の落書き、机の紛失

持ってきた教科書が捨てられていたり

給食に唾を吐かれたり

トイレに行こうものなら臭いとか言われたり

鉛筆を折られたり

ゴミを上から落とされたり

授業中に先生の前でも悪口やわざとぶつかってきたり

体育の授業で嫌がらせされるから、見学が続いた

球技の授業の時は先生の前で、わざと私に向けて全員がボールを投げつけてくる

体育の先生はそれをまずいと思ったのか見学を認めたが、間に入ってくれなかった

見学していてもネットの裏にいる私に向かって、思いっきり投げられるボール

クラス全員が敵だった

この時はまだクラス内だけだったが、球技大会でクラス内だけが敵でなかったことを知る。

球技大会では他のクラスと対抗するという大会だが、バスケの試合でおかしいことに私は気づいた

バスケの試合のはずなのに、私に向かってボールが思いっきり投げつけられる、ドッジボールになっていた

他のクラスの一部の子達が私に投げつけてくる

私は逃げた、大会から逃げた

初めて、クラス外の人間もいじめに加担していることに気づいた

もちろん見ていた先生達(複数人)はなにも仲裁に入らないし、見て見ぬ振りをされた

私の味方は誰もいなかった

大会時間内で校長室前を歩いているのは私だけ、校長が出てきたが泣いている私を見ても何も声をかけずに素通りした

絶望した。この学校内は敵しかいないと

 

それから私は朝から学校に行くのがつらくなり、行けずにいた

ある時は学校へ行くふりをし、裏の土手にいたり、近くの公園の滑り台の下で見つからないように時間を潰した

親は気づいておらず、いじめられているとは言えなかった

親の悲しむ姿を見たくなくて、学校では問題なく過ごせていて友達もいると思わせていた

親にいじめられているのがバレたのは、市立図書館からの連絡であった

私は居場所がなくて図書館が大好きだった。ここではCDが借りられたので、その日迂闊に学校へ借りたCDを持って行ってしまっていた。

案の定、私の荷物は漁られCDに傷がつけられた。

私はその日に返そうと思っていたので、確認しないで図書館へ返してしまった。

そうしたら、後日図書館から電話が来て私に聞き取り調査が入り、学校へ持って行っていたことを知られてしまい、図書館側がおかしいと思い親へいじめの疑い有りということで連絡がいった。

 

親にばれたことにより、朝学校へ行けていないこともバレた。

親は、そこまでひどいいじめだと思っていなかったようで無理してでも学校へ行きなさいとしか言わなかった

朝、学校へ行く時に付き添い門までむりやり連れていき、登校を見守っていた

私には地獄でしかなかった。

耳は常にふさぎ、休み時間は荷物が取られないように机で死守し、投げつけられるゴミ対策のため机に頭を抱えて突っ伏してただ時間が過ぎるのを待った

下校時も一番早く教室を出ないと待ち伏せをされるので、ダッシュで下駄箱まで行き、画鋲とかを取り除き走った。靴がなくてもバッグに予備があるので予備を履いてひたすら走って帰った。

 

学校でいじめが展開されているうちはまだまだよかったようだった。

私は町の中にいられなくなるような事が起き始めた

 

思い出しながら書いていたら悲しくなってきた

一回区切ります