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はじまりのミー

履歴から、たまたま訪問した hayaneko(=^・^=) さんという方の
「猫の恩返し」…「猫の覚悟」 』という記事を読んで、思い出したことがあったので書いておきます。
(是非、上記の記事の一読をお勧めします)



~はじまり~

僕が初めて飼った猫の「ミー」(三毛猫だからミー?、♀)は17歳でこの世を去りました。
犬はずっと飼っていたけど猫は初めてで、今思えばずいぶん勉強不足な飼い方をして、
ミーには辛い思いをさせたと思う。

網に絡まっていたバリバリの野良の子猫をお袋が拾ってきて、懐かないからと僕に丸投げして
結果、体が利かなくなる晩年までの17年間、僕以外の家族にさえに体を触らせることはほとんどなかった。
人間ばかりか他の猫とも交わらないミーにとっての、「家族」は僕だけだった。

~終り~

そのミーがごはんを自力で食べなくなり、もう終りの近い頃、夜お袋が外の空気を吸わせようと表に出したところ、
ちょっと目を離した間にいなくなってしまいました。

すぐに僕も懐中電灯を手に探しまわり、家の周囲と物陰にはいないようなので近所にまで範囲を広げると、
道路を越えた斜向かいの家と家の間にいるのを運良く見つけました。

見つけるのが遅れていたら更に遠く、どこまでも歩いて行ってしまっていたでしょう。
それまでヨタヨタでまともに歩けなかったミーが、わずかな時間でかなりの距離を歩いたことに驚きましたが、
これが「猫が死ぬ時に姿を消す」ことだと悟りました。

「どんなに惨めで汚い死に方でも、ずっとそばにいてやるから。
最期の瞬間まで、ずっとそばにいてやるから」
そうミーに言い聞かせながら抱きかかえて帰ってきました。

それから数日後に、ミーは静かに息を引き取りました。
呼吸が止まってもまだ打ち続ける心臓の鼓動を、ミーの胸に耳を当てて最後の一回まで聞いていました。

~残したもの~

ミーがいなくなったら自分は間違いなくペットロスになるだろう、という事前予想は外れました。
一緒にいた時間があまりに長すぎたのかも知れません。

仕事から帰ると、廊下の突き当たりにミーがちょこんと座っていたりしました。
「(他の猫から)隠れたりしないで、今日は機嫌がいいんだな」
と思ってから「あ、もういないんだ」と見返すと姿はありませんでした。

部屋に入って、ベッドの隅のいつもの場所にミーが寝てるのを確認してから着替えを始め、
「あ、そうだった」と気付くのでした。
ミーが残してくれた「存在」はいつでも僕のそばにいて、寂しさを遠ざけてくれました。

~夢~

ミーのいない生活にも慣れた頃、一度だけ泣いたことがありました。

ミーが夢の中に出てきてくれた時のこと。
その夢の中でも死んだことはハッキリと理解していて、そしてまた会えたことを喜んでいました。
そして目が覚めてから、後悔で泣きました。

夢の中ならミーとしゃべることもできたはずなのに。
そのミーにどうしても聞かなければいけないことがあったはずなのに、と。

「お前はこんなダメな飼い主に飼われて幸せだったか?」

猫の飼い方も知らず、その勉強もせずに辛い思いをさせた。
何も悪いことをしていないのに、機嫌が悪いだけでぶったこともあった。
怖がる顔を見て、腹が立ってまたぶったりもした。
こんなダメ飼い主でお前は幸せだったのか?と。

どうしても聞かなければいけなかったのに、
そのたった一度のチャンスを逃してしまったことに、泣きました。

~勝敗~

最後に、
もうひとつだけ思い出したことがありました。
ミーのいなくなる2~3年前のこと。

きっかけは、ちょっとふざけて僕がミーにちょっかいを出したことだったと思います。
ミーはそれに腹が立ったのか、本気でひっかいてきました。
僕もそれに腹が立ってひっぱたき、ミーも更にひっかいたり噛み付いたりしてきて
二人して大喧嘩になってしまいました。

何度目か頭をひっぱたいた僕の親指に、ミーが渾身の力を込めて噛み付いた瞬間、
体が硬直するほどの激痛が走り、身動きが出来なくなってしまいました。
僕は思わず「ごめんなさい」を連呼していました。

人間が猫に喧嘩で負けた瞬間でした。
ミーの噛み付いた跡を見ると、親指の関節ちょうど真ん中あたりに血が滲んでいました。

数日後傷は治りましたがその周辺の厚さ皮一枚分くらいの感覚がなく、
ひと月ほど経っても麻痺が残っていました。
歯が神経にまで届いて、そこを傷つけたのでしょう。

このまま一生麻痺が残ってしまうかも知れないと思った後で、でもそれもいいかな、と思いました。
あと何年かしたらミーは確実にいなくなるけど、この麻痺が一生残るなら
ミーが存在したことを体に刻みつけた良い記念になるな、そんなことを思っていました。

でもそれからしばらくして麻痺も傷跡も消えてしまいました。
完治したというのに残念なような、寂しいような、複雑な気持ちだったのを覚えています。

今もふと、親指を見てあの傷はどこだったかな、と思い返すことがあります。
そして、ミーのあの時の生意気な、勝ち誇った顔を写真に残しておけばよかったな、と
ふと・・・


はじまりのミー・終
 
 
 

たれちゃんと添い寝

 
昨日初めて

たれが布団の中で一緒に寝てくれました。



冬の寒い時期に

一緒に寝るクセをつけようと布団に引っ張り込んで

何度試みても

5分くらいで逃げ出していたのに

なぜかこの時期に

(多少冷えこみはありましたが)

朝まで僕の腕枕で寝ていました。



それだけですが

本当に嬉しかったので

ただ

それだけです。



ありがとう

たれちゃん

君は寝顔も世界一だよ❤

 
 
 
 

初夏の味

イメージ 1

今年もうちのビワの木が実をつけました。
何の手入れもしないのに去年より実が大きくなっていました。
摘果したりすればもっと大きくできるのかもしれませんが、
あるがまま自然のままに育てています(ほったらかしてるだけ?)。

以前一番好きな果物を聞かれて迷わず「ビワ!」と答えました。
一般に、おいしいと思ってはいても「一番」にあげる人は少ないと思います。
見た目の派手さもないし、肝心の果実部分はおっきい種のまわりのこびりつくくらいしかないし。
でもその不完全さが愛しく思えます。
そして控えめな甘さと爽やかな風味は、過ごしやすい今、まさに初夏の味という気がします。
さらに自分の家の木でなったビワであれば、愛しい「ビワちゃん」という感じです(^^)。
 
イメージ 2

雨の合間に少し早めの収穫をしてきました。
じっくりオレンジ色に色づいてから採るのが一番いいのですが、ライバルの鳥さんの存在があります。
鳥の目には最高に甘くなる瞬間の実の色の見分けがつくらしく、もたつくと真っ先に食べられてしまいます。
(ネットを張って対抗してますが効果は△)
脚立やはしごを駆使して、どうにかてっぺんの辺りのものまで採ることができました。
さすがにまだ黄色すぎるのもあったので、また何日かしたら最後の収穫をする予定です。

この写真くらいの量ががあとふたつ分あって、キレイなものを近所に配った残りです。
イメージ 3

見栄えが悪いですが、味は保証つきです^^。

でも少しくらいすっぱくても食べます。
実が割れてしまっていても食べます。
実が傷んでいても食べます。
落っこちてたやつも(ダンゴムシの先客がいなかったら)食べます。

おいしく残さず食べてあげることで、感謝の気持ちを伝えます。
今年もどうもありがとう!
うちのビワちゃんは世界一だよ!(ん?前にもこんなこと書いたような?)


「桜路」の記事で触れた、うちのちっちゃい桜の木にも実がなっていました。
イメージ 4

でもいわゆる「さくらんぼ」とは別物の、紫色で桑の実に近い味でした(ピンクの実は硬くて☓)。
イメージ 5

どっちの木も、今年はお疲れ様でした(別に何にも終わってないか?)^^
また来年、花と実で心を潤させてください。


ビワは品種改良のイメージがあまりないけど、
最近「種なしビワ」が開発されたという話題をテレビで観ました。
ただし安全試験期間が終わるまでは試食も許されないそうで、味のほうは謎のままでした。

進歩は限りなく必要だし、否定もしませんが、
ビワの実のような不完全さを、愛おしいと思う気持ちも大切していきたいです。
人は、その存在そのものが不完全なのですから・・・

 
 


初夏の味・終