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梅雨の晴れ間に

雨が少し続いたあとの快晴の日、庭でひなたぼっこをさせてあげました。

写真左から
烏骨鶏のウココ×2(♂9歳)近所の空き地に「捨てニワトリ」されてた。
(トサカの色が「赤ちゃん」&「青ちゃん」)
 ↓
もうすっかり、おじいちゃん猫のハスキー(♂16歳)
 ↓
超天才犬のジュン君(♂9歳)鎖をつけなくても道路には出ません。
散歩も基本的にはヒモなしでOK。
 

  ウココ×2                     ハスキー                     ジュン君
 ハスキーがちょっと怖い?          ウココ眼中無し                 いい天気だなー
                         いつもの日陰へまっしぐら            (よその猫には怒ります)
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   行ったかな?               ずんずん進みます                あったかいなー
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 行った♪行った♪               ずんずん、ずんずん進みます         寝ちゃおかなー
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梅雨の合間の、ある晴れた日のことでした。
(そういえば、ここにいるの♂ばっかりだな)



梅雨の晴れ間に・終
 
 

「私を忘れてください」~我が大草原の小さな家~

 
昔NHKで放送していた「大草原の小さな家」というテレビドラマを、
(思い入れはなくても)名前だけは誰でも知っているんじゃないでしょうか?
僕が子供の頃は何度となく再放送されて、しかもやたらと話数が多いから、
一度の再放送で長期間テレビ欄を飾っていた。

大抵飽きるか、大人になって見るのを途中で止めてしまった人が大半だと思うけど、
僕は(おそらく)全シリーズ、長時間の単発スペシャルも含め、全話を見たんじゃないかと思っている。

とくに知らない人が多いと思う最後のシリーズでは、
あのお父さんとお母さんはレギュラーから外れ、たまに登場するだけ。
次女のローラ一家が主人公になっていた。

そして正真正銘のラストでは、あの道徳的牧歌的イメージとはかけ離れて、
登場人物たちが町中の家々、建物を爆破して周る。
学校代わりでもあった、あの教会の大爆破を背にみんなが並ぶ姿がラストシーンだったと記憶している。
どうしてそんなことになったのかは内緒(^^)。
でも長きに渡ったシリーズの大団円にふさわしい終わり方だった。

その我が愛すべき「大草原の小さな家」には、好きな名台詞、名シーンがいくつもあって、
あやふやな点も多いですが、記憶を頼りにそれらを綴っていけたらと思います。

今日書きたいのはエドワーズおじさんの養子について。

インガルス家の最初の友達、髭面で無骨で大酒飲みの独身男で
「♪タッカーじいさん、すごいね~♪」と変なテーマ曲を毎回自分で歌いながら登場し、
ローラの大親友でもあった。
そのダメ男の鑑のようなエドワーズおじさんが、
子供と嫁さんをいっぺんにもらったエピソードがあった。

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

ある一家、女手ひとりで3人の子供を育てていた女性が不治の病にかかる。
子供達に自分が死ぬことを告げ、そして間もなく亡くなってしまう。

町中の人に好かれ、そして3人子供を残して死んでいった彼女に誰もが涙した。
葬儀の場で、彼女が残したメッセージが読み上げられる。

『楽しい思い出と笑顔と共に、私を思い出してください。
 涙なしには思い出せないなら、いっそ私を忘れてください』

残された者の心をえぐるような名台詞だと思った。

自分の死後、友達や好きな人に忘れられるのを喜ぶ人はいない。
でもとても辛く悲しい別れ方であったならどうだろうか。
「悲しい自分」しか思い出してもらえないなら、いっそ・・・。

でも、人は悲しい部分、ダメな部分、嘘の部分、すべてを含めて人です。
故人を一個人の「人間」として愛したなら、
それらマイナスの面もひっくるめて愛さなくてはいけません。
尊い命として、想い続けなければいけません。

そして、故人を悲しませないために、
明るかった、優しかった、楽しかった、その面影を思い出すことが
とても大変ではありますが、残された者の責務のように感じています。

大草原に話を戻します。

残された子供達が別れ別れに引き取られようとしていた矢先、
夫と死別した独身女性で、エドワーズおじさんが好意を寄せていた郵便局のグレイスさんが、
3人まとめて引き取ると言い出した。
女手一人では無理だという周囲に、じゃあ旦那がいればいいんだねと、
その場でエドワーズさんを夫にしてしまった。

かくして、長年ひとりもんだったエドワーズおじさんは奥さんと子供をいっぺんに得ました。
めでたし?めでたし?(エドワーズ家にもこの後いろいろある)

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

なんだか焦点がボヤけてしまいましたが、それは僕の筆の甘さ。
何卒ご勘弁ください。

また機会があれば、もっといい?エピソードを載せたいと思います。
それでは、、、


「私を忘れてください」・終
  

訪問者2997人

 
訪問者が2997人になっていました!
どうもありがとうございます。
ろくに記事もコメントも書かないこんなブログに、訪問者が3000人に達しようとしているなんて。
ただ通り過ぎていく人が大半であったとしても、嬉しい限りです。


その訪問者の中のある一人の方に、一昨日ゲスブにこう書かれました。
「もう二度とこのブログには来ませんから、自分のブログにも来て頂かなくて結構です」と。
ある意見の違いからその人が一方的に出してきた結論だった。

言葉自体は相手を尊重するような、丁寧な口調ながら、
僕はこの上なく暴力的な内容だと思った。

ブログはまだペーペーの僕なりに、ブログは訪問してこそ成り立つものじゃないかと思ってる。
賛同するも、非難するも、迎合するも、全ては訪問して(読んで)こそ始まるものだと。

その人は「考え方は違うけれど否定はしない」と言っておきながら
「二度と来ない(来るな)」と言った。
それは全否定することよりも暴力的に思えた。

「愛」の反対語は「憎(しみ)」ではなくて「無関心」だそうだ。

非難するでもなく、ただ「もう見に来ないから好きにやれば」というのはまさに「無関心」、
「愛」とは真逆の言葉だ。


もうひとつ、その人からの言葉で納得できないものがあった。
「もう自分のブログではカスミンの記事は二度と書かない(から来なくて結構です)」
というものだった。

このブログの世界で、誰にでも「愛」を振りまいていたのがカスミンだった。
自分の意見(コメント)を否定する人にさえ、再び訪れ、優しくまた言葉を返していた。

人には不安定ながらも記憶というものがある。
何かにつけ思い出し、楽しかった記憶、悲しかった記憶はぶり返す。

思ったことを自由に記事にするブログなら、その人にもこの先にふっとカスミンの事が思い出され、
再び記事を書く可能性は無限にあるはず。

でもそれを否定した。
悲しみを引きずるのカスミンのためにならない、そう言いたかったのだとしても。

意地悪な考え方をすれば、その人の楽しい愉快なブログに「カスミン」は負のイメージ、
イメージダウンにつながるからもう書かないという風にも受け取れる。

どんな悲しい記事であっても「無関心」(を装う)よりはるかにマシだ。
そしてまだこの先、きっと誰かしら彼女に触れた記事を書く人が現れるだろう。

それを読んだ人が、自分の中に宿っているカスミンが託した希望の種を
忘れていたら思い出してほしい。
芽吹かせてほしい。

もうブログがなくなってしまって確認できないが
「みんなの心に芽が出たら、自分は月に帰っていく」
そんな内容の言葉を、休みに入る前に残していたと思う。


僕はその人からの書き込みを勝手に消去した。
その人のブログに行って、ゲスブに書いた僕のも消去した。
僕ももう二度と行くことはない・・・

でもこんな別れ方こそが、カスミンの一番嫌うことなんだろう。

僕はどうすればいい?
僕は間違ってる?

もう応えてはくれないんだね・・・

 
 
 
訪問者2997人・終