abcbのブログ -3ページ目

~孤独の空、記憶の町~ 震災から八年目に寄せて

 
この歌は震災2年目の日に向けて、当時作っていた歌です。
ただ曲も詩も、どうしてもサビの部分以外が浮かんで来なかったため、震災の日に間に合わず、以来作りかけのままになっていました。
もっとある程度形になってから載せるつもりでしたが、ヤフブロが無くなってしまうので、お別れの記念の意味も含めて、未完成ですが載せておきます。
(タイトルも無かったので、さっき付けました(歌詞のまんまですが)。)

 
 
~孤独の空、記憶の町~

 
孤独の空 記憶の町
臨む言葉 月の調べ
  
  骸(むくろ)にさえ 永久(とわ)の旅を
未来目指す羅針 乗せて

繰り返す 波の枷(かせ)に負けぬように
どうか、どうか
 この碑を標(しるべ)にして
  

 
孤独の空 記憶の町
臨む言葉 月の調べ
  
骸にさえ 永久の笑みを
生まれ月の花で満たし

繰り返す 風の傷に消えぬように
どうか、どうか
この碑を標にして
  
  



初日の出ショー2019 ~天国の梯子編~

 
新年明けましておめでとうございます。
自分恒例となっています「初日の出ショー」、今年も無事開催の運びとなりました★
それでは開幕です彡彡
 
毎年観客数は減っていますが、今年はとくに少なかったです。
イメージ 1
 
裏山の観客も少ないような気がします。
イメージ 2
 
そして日の出の時間となりましたが、水平線にかなり高く雲の壁が出来て実際の日の出は遅れそうです・・・
イメージ 3
    
雲の薄くなった隙間から「天使の梯子」が何本も降りています(記事のサブタイトルは別の意味です…)。
イメージ 4
 
公称の日の出時刻から約10分後、ついに初日の出の全貌が明らかに!
イメージ 5
 
2019年最初の朝日に照らされる中、わずかですが歓声が上がっていました。
イメージ 6
 
眩しい光にご注意ください!
イメージ 7
 
更に眩しい光にご注意ください!!
イメージ 8
 
そして陽も昇りきり、、、
イメージ 9
 
初日の出ショー2019、終幕となります。
イメージ 10
 
観客が帰り始める頃に、僕の入院中に猫たちのお世話をしてくれた近所のご夫婦も撮影に来て、ふと沖のほうを指差すので見た所、水平線の少し下、やや左よりの点
イメージ 11
 
拡大すると↓サーフボードに乗った強者たちでした(笑)港の隣の海水浴場に帰るのでしょう。
イメージ 12
 
この梯子は、堤防への昇り降りが結構大変なので、うちの物置にあったのを持って来てかけておきました。
イメージ 13
 
親父が生前に自分で作り、使っていた梯子です。
僕も含め観客の人たちが安全に昇り降りしているのを見て、天国の親父も喜んでいたと思います。
 
実は昨年末の30日に足の親指を捻挫してしまい(それほど悪化せずに済みました)、この梯子を持って来る時に難儀をしたので、帰りは先のご夫婦の旦那さんに運んでもらいました(笑)
 
一昨年の大怪我の際に半身不随を奇跡的に免れたその感謝の気持ちを、周囲の人そして世の中に、今年一年も持ち続けたいと思っています。
お読み下さった方々にも、件の感謝と良い一年となりますことをお祈りいたします。
 
初日の出ショー2019 ~天国の梯子編~・終
 

祝!退院のはずが・・・

 
ご無沙汰しています。
前回の入院のお知らせの後、手術は無事成功し、12日間の入院生活を終えて10月5日に退院、帰宅をすることが出来ました。
入院中の温かいお言葉をどうもありがとうございました。
 
でも今日は10月13日、退院後すぐにでも退院報告をするべきところを、なぜ一週間も遅れたのかというと、帰宅直後にまさかの事態に陥ったからでした…。
 
ボルトの除去手術自体は簡単なものらしく、手術時間も1時間くらいと言われていましたが、麻酔で眠ったのが午後2時半で目が覚めたのが5時半。
付添だった叔父に聞いたところ2時間以上かかったとのことでした。
で、機械oenohu伯爵から取り出されたボルトがこちらです。
イメージ 1

前の記事でボルト4本と書きましたが、8本でした(恐)
しかもボルトを連結していた、何だこの長いの2本は・・・(((゚Д゚)))ブルブル
翌日主治医から、冗談なのかこれだけで100万円くらいの価値があるとか。
(全部チタン合金だから?)
生活に困ったら売りに出そうかな。。。

これらのボルトが刺さっていた背骨は抜けた穴が空いた状態なので、通常の生活には問題ないですが、その穴がふさがるまでは無理な負荷はかけないように言われました。
ただ術後の痛みはすぐに治まり、手術から2日後には7階の病室から1階までの階段の昇り降りを勝手に始めていました。
全ては一日でも早く退院して猫たちの許へ戻るため!
そして、ほぼ一年に渡って続いていた激痛から開放された喜びも満喫していました。
 
経過は順調ということで退院を一日早めてもらい、叔父に迎えを頼み、叔父の家に留めていた自分の車で帰宅の途に就きました。
路面で車が跳ねる度に起こっていた激痛も無くなり♪久しぶりのラーメンを食べたり、空っぽの冷蔵庫に入れる食材を買いにスーパーのハシゴをしたり、
でも自宅に近付くにつれ、ある不安が…。
 
動物たちの様子はお世話をしてくれていた方から連絡をもらっていたので、一番の気がかりなのは、留守中の台風の被害でした。
自宅とは別に荷物置き場にしている半壊したボロ家の屋根を、入院前に補強しておきましたが、まず先にそのボロ家に向かうと、案の定、屋根に貼り付けた波板(ポリカーボネイト)が半分以上吹き飛んでいました…。
しかも雨が降り出していたため雨漏りも始まっていて、入院前より確実に早くなった夕闇に急かされるように自宅へ行き、雨受けで荷物の上に乗せるタライやプラスチックの箱を車に乗せ、再びボロ家へ。
縁側から昇り降りを繰り返しているうちに痛みが走るようになり、CT画像で見た背骨の穴が頭をよぎりました。
でも痛む部位は背中より足の付け根のあたり?痛みを押して雨受けを設置して、
やっと猫たちの待つ自宅へ戻りました。
 
こちらの苦労よりも、久しぶりの感動の対面よりも、とにかく「お腹空いた!」とのことで、ご近所さんにもすっかり慣れて、毎日この調子だったらしい。
でも帰宅後の数日間は僕の姿が見えなくなると、またいなくなるかもしれない不安からなのか、常に僕を呼ぶ声が聞こえて、その気持ちが痛々しく、申し訳なく感じていました。
「もういなくなったりしないからね」
 
肝心の痛みは増すばかり、そして翌朝には激痛で立てなくなりました(汗)
そう、懐かしいこの痛み、数年前のぎっくり腰の再来を確信しました。
前回は「激痛でお漏らし→おむつ→赤ちゃん→ハイハイ」という脳内連想ゲームによるハイハイ走法でトイレに駆け込む技を開発したのですが、
今度のぎっくりの部位は腰よりも下、お尻の外側(とくに左足)のようでハイハイの体勢が痛くて取れない。
ならば無事のはずの腰を真横に曲げると確かに痛みが無い。
両手を踏ん張って目一杯上半身を横に曲げて上体を起こし、最も痛い左足をくの字に曲げて立て、その膝に置いた手を支点にして全体重をかけつつ、左足を伸ばして立つ、という新技を開発したのでした。
 
今回の入院で処方してもらっていたロキソンは倍の2錠飲んでも全く効かないため、冷蔵庫の中ですっかり忘れ去られていた坐薬の存在を思い出し、数日間は朝晩の猫たちやメダカや亀の世話の時間に合わせて使用しました。
坐薬を入れなくても動き回れるようになった矢先、まとまった雨の予報が出てしまい、ボロ家の周辺に散らばっていた波板を拾い集め、買い置きしてあった波板も使って屋根に貼り付けることに。
タイムリミットは一日だけだったので、朝から夕方までかかりどうにか張り終える頃には、ぎっくり腰は痛みを通り越し、手術した腰全体も麻痺していました。
無理が祟って症状は逆戻りしてしまいましたが、雨に悩まされる気苦労が無くなったので、やっと平穏な生活に戻れます。
 
折しも昨晩は久しぶりに寒さを感じる夜で、数か月ぶりに布団に毛布を掛け、
試しにアトデくんを連れて来てみたら、喜んで布団の中に入って寝てくれました❤
季節が動いてゆくのを猫たちと一緒に感じられて、幸せな夜でした。。。
 
 
祝!退院のはずが・・・終