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7月26日

 
2015年7月26日午前11時50分
親父が息を引き取りました。
 
状態としてはずっと落ち着いていたのですが、
数日前に急に黄疸が出始め、そのまま静かに逝きました。
 
想定していたよりもかなり性急な親父との別れとなり、
悲しくないと言えば嘘になりますが
正直、子供同然の猫たちとの別れのほうが何倍も悲しかったです。
なのでメンタル的には問題ないのですが、
とにかく急だったので葬儀の準備、家の片づけなどに追われ、
そっちのほうが心身に堪えています(苦笑)
  
昨年末の末期がん宣告から沢山のいろいろなことがあり、それを記事にしていこうと
「父を送る」という書庫も作ったのですが、なかなか書く時間を取れずにいました。
これからは多少ゆっくりも出来るので、何事も無かったかのように、
時系列さえも無視して(笑)いろいろ振り返っていこうと思っています。
 
こちらで親父のガンの報告をして以来、
沢山の励ましのお言葉、どうもありがとうございました。
その最期は幸せなものだったと確信はしていますが、
詳細はのちのお楽しみとして、いずれ書かせてもらいます(^^)
 
まだ明日(今日)のお通夜と明後日の葬儀が残っていますので、
それらを滞りなく終えられるよう、万全の下準備を整えたいと思います。
僕個人としては、それら形式ばったものに何の価値も見出せませんが
ただ親父のために、親父が望んでいるだろうから、
その最後の儀式を良いものにしてあげたいと思っています。
  
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親父の存命中はジュン(犬)の元気な姿を伝え続ける、それも叶いました。。。

 
7月26日・終
 

♪太陽を知らずに ぼくらは育った✿✿✿

 
記事タイトルの原曲を知っている世代は・・・僕はもちろん何の事だかさっぱり分かりません(笑)
うちで毎年咲いているアマリリスです✿✿
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といっても、その名前を知ったのは去年か一昨年で、それまでお袋に聞いても分からない「名も無き花」でした。
 
偶然ブロ友にこの花の画像を送ったら「アマリリス」と教えられ、
その名前だけは知っていましたが、イメージではもっと小さくて可愛い花と思い込んでいて、こんなちょっと間違ったら食虫植物になりそうな(笑)、
大きくて立派な花の名前と知り、軽いショックを受けました(←?)
 
さて、今年はこんな天候続きでもちゃんと花は咲きましたが、なんと開花してから
まだ一度も空は晴れていません。
 
そうタイトルの通り、この子たちはまだ眩しい太陽の光を浴びたことが無く、そして
それを知らないまま花の寿命を終えようとしています・・・
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まさにタイトルの通り「太陽を知らない子供たちさ~♪」なのです・・・
 
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せめてこの蕾の子だけは他の花のぶんも、眩しい太陽の下で咲き誇ってほしいものです✿✿✿
 
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♪太陽を知らずに ぼくらは育った✿✿✿・終
 

嬉し涙

 
この子たちがうちのすぐ下の港に現れたのは去年の12月の始め頃でした。
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近所の野良猫事情はある程度把握しているし、親猫の姿も見当たらないので誰かが捨てて行ったようでした。
この子たちに深く関わるつもりはなく、情が移らないように最低限の食べ物をねぐらの近くに運んであげる程度の接触にしていました。
 
キャットフードを地面に撒く僕の姿を見るだけで物置の縁の下に隠れるこの子たちでしたが、家から僕のあとをついて来る外ベルや外のたいがぁにはじゃれついて遊ぶようになりました。
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やがて台風並みの風が吹き、いつもの縁の下から2匹が姿を消した時は、どこか別のねぐらを見つけたんだと内心ホッとしていました。
しかしその数日後の大雨の夜に、我が家の玄関前に設置してある雨避けの寝床(外のたいがぁやちびニャ用)に、このチビスケたちが寝ていて、
この子たちが自力でうちを見つけ、選んだのなら仕方ないと、そのまま追い出すことはせず外猫として置いておくことにしました。
 
それまでいつも独りきりだった外ベルは風で動く枯葉くらいしか遊び相手がおらず、僕の姿を見つけては遊んでくれと甘え、やがて母親の外ネジのいる家まで遠出をして夜まで帰ってこない、ということも度々になっていました。
それが、このチビ達が来てからは3匹一緒にいることが多くなり、やがて物置の電気アンカを入れたベッド(発泡スチロール製)で一緒に寝るようにもなりました。
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外ベルのお乳に2匹で吸い付いている様子も見られました(生後半年の外ベルにお乳が出るはずもなく…)。
 
 
ちなみにこの2匹の名前は、まだ港で野良生活をしていた時に名前が無いと不便なので、アレコレ考え中の僕を縁の下からじっと見続ける2匹・・・
「ご飯か?」→ニャー!
「後でっ!」→ニャー!
・・・もうそれでいいや、ということで、いつも真っ先にフードを食べに来るメスのほうを「ゴハン」、後からそーっとやってくるオスを「アトデ」と名付けました。
 
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                 ↑ゴハン(♀)         ↑アトデ(♂) 
 
当初は外ベルを含めたこの3匹の里親募集をして、ちゃんとした家猫として飼ってくれる人を探すつもりでいましたが、庭で転げまわって遊ぶ3匹の姿を見ているうちに、この子たちが引き取られた家で今以上に幸せになれるのかを考え、このままの状態で飼い続けようと思うようになりました。
 
一度目のワクチン接種を済ませ、犬のジュン君にもチビたちが慣れ始め、
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そんなある日のことでした・・・
 
 
 
2月7日の午後、近所のスーパーへ車で買い物に出かけました。
駐車場に車を止めると車内のどこからか、か細い猫の鳴き声が。
これまでにも、車のドアを開けておくと外猫たちが入り込むことが何度かあったので、今回もそのまま乗せてきてしまったのだと思い、
「買い物が終るまで待ってろ」と、鳴き声をそのままにしてスーパーで買い物をし、戻って鳴き声の主を探すけれども見つからない。
ハンドルより前の方から声がするようで、まさかと思い外に出ると鳴き声は大きくなり、ボンネットを開けるとエンジンルームで外ベルが鳴いていました。
家で止まっている車の下からエンジンの辺りに潜り込んでいて、そのまま車が走り出してしまったので慌ててエンジンルームの上に登って出られなくなった、というのが顛末のようでした。
外ベルを捕まえて車の中へ放り込み、家に戻って一件落着。のはずでした・・・
 
家に着くとアトデだけが玄関の前で待っていて、いつも一緒のはずのゴハンの姿が見当たらない?
いくら呼んでも探しても見つからず、最悪の想像が確信に変わりました…
もし外ベルの真似をしてゴハンも一緒にエンジンルームに入り込んでいたら、という想像が…
 
 
スーパーの駐車場で車が止まっている間、外ベルは鳴きながらじっとしていましたが、ゴハンはそこから逃げ出してしまったようでした。
この日は信号待ちも無くノンストップでスーパーに着いたので、走行中の車の下から飛び降りることはまず不可能。
急いでスーパーに戻り、店員に頼んで店の周囲や裏手にも入り、ゴハンを呼びましたが反応はありませんでした…
 
知らない場所、知らない大勢の人、車も多く、パニックで走り回った挙句、どこかの隙間に身を隠しているに違いない、と…

もし駐車場で鳴き声が聞こえた時点ですぐに探していれば、まだゴハンはエンジンルームにいたかもしれない…
悔やんでも仕方のないことと分かってはいますが、それでも自分の判断の甘さが悔やまれました…

そして、次の日からゴハン探しの日々が始まりました。

人や車が動き出す前の朝の6時過ぎに、スーパーの周りとその周囲の家々、
猫が隠れそうな場所でゴハンの名前を呼びながら、フードの入った袋を振ってシャカシャカと音を立てる…

家からはスーパーまでは約2キロの道のり、
猫は磁気や方角が分かり、、何百キロ離れた場所から猫が生還したという話を聞くことがあります。
でもゴハンはまだ生後三カ月程度、仮に我が家の方角が分かっても、
車や人の往来、縄張りとしている他の猫たち、あまりにも危険が多すぎて帰って来ることなど不可能でした。
 
知らない土地の寒空の下、小さい子猫が独りで耐えしのいでいる…
ゴハンの脳裏にはきっと、電気アンカのベッドでみんなでひとかたまりになっていた温もりがよみがえっているでしょう。。。
本当に胸が痛みました…
 
ゴハンがいなくなって4日目の朝、これまでで一番寒く零下にまで冷え込んだ朝に、範囲を更に広げて呼び続けましたが、ゴハンの姿は見つけられず、そして探すのを諦めることにしました…。
 
どうか、人間を頼って生き抜いていてほしい
人間は敵じゃない、暖かくて優しい生き物だ、里親に出すことを考えていたゴハンたちに、それを徹底的に教え込んだつもりでした。
何処かの家に拾われて、暖かい炬燵の中でスヤスヤ眠っている、そう必死に思うことにしました。
 
きっとうちの物置よりも快適でフードも上級で、道路に急に飛び出して車に轢かれることも無い。
ゴハンにはきっと、そのほうが良かったんだと。
そう、必死に自分に思い込ませることにしました。。。
 
 
物置にフードを持って行くときの「ゴハン!アトデ!」という呼びかけも癖になってしまっていて、早く直さなくてはいけない
ゴハンと別れ別れにしてしまったアトデに接する度に「ごめんな、ごめんな」と謝る癖も、もう止めにしなければいけない
 
そんな失意の日々の中で、親父が救急車で運ばれる事態が起こり、
幸い大事には至りませんでしたが、今度の病院は片道1時間近くかかるため、
これまでにも増して時間に追われるようになっていきました。
それでも、ふと空いた時間に思うことは
「ゴハン、お前は今どうしてるんだ?」と、そればかりでした。。。
 
  
2月12日の深夜、日付も変わろうとする頃、遅すぎる晩飯を作るため台所の電気を付けると外で猫の鳴き声が。
 
“そんなことがあるわけない!”
 
もちろん頭では分かってはいましたが、体は矢のように動き裸足のまま玄関を飛び出しました。

そして、
そんなことがあるわけがない!ゴハンの姿がそこにありました!!!!!!!!!
 
かすれた、大きな鳴き声をあげながら、ゴハンは小走りで僕にすり寄ってきました。
思わず抱き寄せ、「お前はすごいな・・・本当にすごいな・・・」
繰り返しそう言いながら、痩せて骨ばったゴハンの身体をさすっていると自然と涙がこぼれてきました。
去年の2月にたいがぁ達を続けざまに亡くし、気が狂う寸前までに繰り返してきた「涙」とは違う、嬉し涙でした。
 
物置へ連れていくと、アトデたちは最初は知らない猫のように唸り声をあげましたが、すぐにゴハンと分かり、夢中になってフードを食べている間に家から温めた牛乳を持ってきて、外ベルとアトデにも飲ませてあげました。
 
時計を見ると、2月13日午前0時6分
ふと、たいがぁ達が逝ったのは去年の2月の何日だったのだろうと気になりました。
あの日以来一度も記事を読まず、その正確な日付けすら記憶から遠ざけていました。
ブログによると2月15日の朝にたいがぁは旅立ったとあり、この近い日付に運命めいたものを感じました。
そして、たいがぁとネジとチャトラが、ゴハンのことを導いてくれたのではないかと思えてきました。。。
 
《こっちだよ》
《もう少しだ》
《がんばれっ》

そんな風にゴハンを励ます3匹の姿を思い浮かべていたら、また涙があふれてきました。
嬉し涙があふれてきました。
 
 
 
 
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嬉し涙・終