つれづれレミゼ -16ページ目

つれづれレミゼ

2007年レミゼデビューを果たした初心者が、レミゼや舞台に対して思うところをつれづれなるまま書き記す場所です

井上芳雄
石原さとみ
高畑淳子
山崎一
神野三鈴
山本龍二


音楽・演奏:小曽根真


----------------------------------

なんてこと、ラスト5分録画が切れていた…orz。BSでもう一回放送するけど、ハイビジョンの綺麗な映像で残したかったのにーーー!!それでも、尻切れトンボのこの状態でも、作品の持つメッセージに泣けて泣けてしようがなかったです。


「組曲虐殺」は小林多喜二と、彼の周りの人々を描いた作品。悲惨なシーンとかはほとんどなくて、全体的に笑いが多い。なのに、笑っているうちに、気づくと涙が溢れていて…。


井上ひさしの「むずかしいことをやさしく/やさしいことをふかく/ふかいことをゆかいに/ゆかいなことをまじめに書くこと」というポリシーはこの作品でも貫かれていて、作品のメッセージは難しいところなんて少しもない。笑いながら芝居を見ているうちに、すとん、とメッセージが胸にに落ち、そして気づいたら胸の痛みに涙が溢れている。胸に落ちたメッセージは、明快なのに、深くて、何度も何度も繰り返し考えてしまう。


今日もそうだったけど、井上ひさしの戯曲を見ていて涙が溢れるのは、「生きていくって辛いこと」という逃れようのない苦しい真実と「だけど日々を笑いながら生きていこう」「人は人を信じるに値する」という希望が必ず示されているからだなぁ。今更の話だよね、だってこの主題、既にひょっこりひょうたん島の主題歌ででてきているもんね。「苦しいこともあるだろうさ/悲しいこともあるだろうさ/だけど僕らはくじけない/泣くのは嫌だ笑っちゃおう/すすめー」ってね。(しかし私は泣きすぎである。こうまで心が揺さぶられるのはちょっと病的)


そして、更に小林多喜二は物を書く人だから、なんだか彼の思いが井上ひさしの思いにも重なって見えました。「後に続くものを信じて走れ」という歌。多喜二は握り締めたペンを見つめて、この歌を歌うのだけど、それは井上ひさしの決意に思える。きっと誰かが続いてくれると、きっと世界は変わっていくと、そう信じて書くのだと。絶望せずに、信じるのだと。(ちょっと痛い話になるけど、去年10月にこの芝居を見たとき、私はいろいろ気持ちが弱っていて、世の中に希望なんてないんじゃないかという気持ちになっていたんですが、この芝居を見て、違うんだ、信じることが希望になるんだと、そう思ったんです)(だけど信じることは、今度は思想につながっていくんだろうか。「思想なんてたかだかそれっぱかしのものじゃないか」と言わせた野田さんの思いももっとよく知りたいなぁ…)


もうひとつ泣きポイント。これは作品のメッセージとは関係しない部分なんだけど、石原さとみ演じる瀧ちゃんに相当泣かされました。まあ、多喜二と、三鈴さん演じる富士子さんとで三角関係なんです。多喜二は最初瀧ちゃんと婚約しているんだけど、左翼活動とかしているうちに、一緒に活動する富士子さんと結婚する、と。で、石原さとみちゃんがよくってさ。瀧ちゃんが多喜二兄さんを慕っているのがありありと分かって、いじらしくって、すんごい可愛い。多喜二兄さんのために、と身を引いたあとも、やっぱり好きなんだなーと伝わってきて、胸が痛くて泣けました(このあたりは私の少女漫画好みの表れですね)。


芳雄くんは、うーん…。生で見たときも思ったけど、やっぱりTVで見ても芝居が今ひとつと思っちゃいました。周りが皆お上手なかたばっかりなのでその中にいるとなかなかきつく…(石原さとみちゃんは役柄が本人に合っていたので特に芝居のまずさは感じなかったのです)。でも、いいのかな。歌には芳雄くんの存在感があり、それを思うと、この役は芳雄くんのための役なのかも、とも思うし。再演が決まっているそうなので、そのときにもっともっとよい芝居を見せてくれたらいいなぁと思います。

角野卓造/高橋克実/大鷹明良/石井一孝/木場勝己
土居裕子/藤谷美紀/熊谷真実/キムラ緑子


--------------------------

カーテンコールで歌われる歌「劇場は夢をみる、なつかしいゆりかご。その夢の真実を考えるところ。その夢の裂け目を考えるところ」この言葉を深く胸に刻む。


物語は終戦後の東京下町。紙芝居家業を営む天声に、東京裁判に検察側の証人として出頭せよとの命令が。突然のことに舞いあがり商売仲間や家族を巻き込んでてんやわんやの大騒ぎ。なんとか大過なく証言を済ませたが、東京裁判に秘められたカラクリがあることに気づいてしまい…。


井上ひさしの戦争ものはいくつか見ていて(「父と暮らせば」とか「闇に咲く花」とか)、今回もまた同じように大きな力に踏みにじられた庶民の生活をテーマにしているのかな、と思ったけど、これは全然違った。むしろ間逆で…。「あの戦争はなんだったのか」という問いは私たち一般庶民にとって、「なんだったのか」を問いかけているんだなぁ、と、そんなことを思った。


東京裁判のカラクリ=天皇が戦争責任から逃れるかわりに東条英機に背負わせるための裁判であるということに気づいた天声。それをあちこちで流布したため、GHQに拘束されてしまうのだが、天声に惚れているGHQの秘書川口ミドリさんの働きかけによって、もう二度と東京裁判のカラクリを人前で口にしないことを約束すれば拘束は解かれるという。「よしきたそれなら早速サインするぜ!」と天声。「やめて父さん!」と娘の道子さん。道子さんは真実を語る天声を誇りに思って、戦ってほしい。娘に言われちゃしょうがない、と天声は「そうだよなぁ、簡単にサインするわけにはいかないよなぁ」。「でもサインしなければ何年も出られないんですよ!」とミドリさん。「そうだよなぁ、サインしちまったほうがいいよなぁ」と天声。「でも、戦ってほしいの!」と道子。「そうだよなぁ、簡単に折れちゃぁいけないよなぁ」と天声。


平穏な日々と、理想に向かって戦うことと、その二つの間で簡単に揺れる姿。たとえば小林多喜二のように、また井上ひさし本人のように、自分は強い意志を持っているわけではないから、この理想と現実の間で悪気なく簡単に揺れる姿は、まるで自分そのもののようで、なんともいえない気持ち。もし今戦争がおきたら。自分はその戦争に心を痛めながら、きっと日常を投げ出して大局と戦うことはできないと思う。それは、この舞台の登場人物たち、太平洋戦争の時代を生きた愛すべき一般庶民の姿のような気がして。


だけどね、続く台詞は「"でも"、"でも"、"でも"、この"でも"が私たちの生活の姿なのです」「仕方ですよね、だって日常ってすごく楽しいものだから」と、淡々と、でも、すごく優しい口調。意思が弱くてすぐ安きに流される自分だけど、その弱さを糾弾するわけじゃなく、"それが日常の姿なんだよ"と、そう言ってくれる井上ひさしのまなざしは、やっぱり限りなく優しい。


そうして、笑って泣いて、すこし安堵して、でも最後のカーテンコールでは「劇場は夢をみる、なつかしいゆりかご。その夢の真実を考えるところ。その夢の裂け目を考えるところ」と歌われ、そこでまたはっとする。日常は楽しくて愛しいもの。でも、その日々の中には、隠された真実や裂け目がある。劇場で芝居を見て、その真実や裂け目にの存在に気づいたら、一人一、宿題を持ってかえってその意味を考えてね、と。まず、演劇の力を信じるその姿勢に打たれた。そして、「夢の裂け目」という芝居にこめられたかんたんだけど深いメッセージを、宿題としてもち帰ることをしっかりと胸に刻んだ。

ユリスモール…山本芳樹
オスカー…曽世海司
エーリク…松本慎也
レドヴィ…関戸博一
アンテ…植田圭輔
バッカス…牧島進一
サイフリート…奥田努


紀伊国屋ホール Q列


--------------------------

※感想そのものは3月中に書いていたんですが、アップするのを忘れていました。


☆見てから数日経つんだけど、今もまだ胸がざわざわしてます。多分私、今回この芝居を見て初めて「トーマの心臓」を理解したってことなんだろうなあ。「ポーの一族」は何度も読み返していたのに、「トーマの心臓」は昔読んだときにあまりぴんとこず、一度読んだっきりだったんだよね(でもさすがに手元に本は残していた)。今回は芝居という形で対峙したのですごく集中して登場人物の感情をひとつひとつ理解しながら観て、あちこちで泣いて、帰ってきてもうたまらずに原作を読み直して、いまさら「うわー萩尾望都ってすごい!!」とその才能にひれ伏している感じです(ほんとにいまさら過ぎますが)。


☆分かってみれば、「トーマの心臓」のテーマは私の弱いところど真ん中のテーマなので、そりゃあ心も揺さぶられるってもんです。「愛」とか「罪の赦し」とか「魂の救い」とかね(言葉にしてしまうととてもチープになっちゃうけど…)。うん、あとは、ここしばらくこういったことに思いを廻らせていなかったので、久しぶりにこの自分にとって大事なテーマと直面して、背筋が伸びるような思いというか、居住まいを正されるというか、あるいは、"問われている"ような気がしたわけです。最近仕事だけに気持ちをとられて脇目もふらずにつっ走っていたけど、それじゃいかんねと。大事なことにもっと心を傾けないとね、とか。そんなわけでざわざわが続いている今日この頃です。


☆余談だけど、夏に「天翔ける風に」で心動かされたのも同じことだったのだなぁ、と今更ながら気づきました。今思い返してみれば、あのときは二つの衝撃に襲われていて、ひとつは「銀さまかっこよすぎる!!」という衝撃と、あともうひとつは「贋作・罪と罰」という作品で野田さんが描こうとしたテーマの「罪の赦し」「宗教のない日本で人はいったい何に救われるのか」に心を揺さぶられまくっていた衝撃とだったんだなぁ。あまりの銀さまのカッコよさの前に、二つ目の衝撃はすっかり失念していました。あのころやたらプチ欝入っていたのはこのせいだったか……。


--------------------------

☆芝居の巧拙という点では、ちょっと「ん?」と思うところもあったのだけど(特にこれの前の観劇が「藤島土建」で、上手い人ばっかりだったから)、全体的には雰囲気とか空気感の方が勝って、まあいいかぁという気持ちになっています。


☆山本芳樹さんのユーリが私の印象とちょっと違っていたんだよね。声と立ち姿かなぁ。もうちょっと凛とした声をイメージしていたので、内向きにぶつぶつとつぶやくようなしゃべりが、ちょっとイメージと違っていた…。あと内股で立つのが気になっちゃって…。今回、席が遠くて細かい表情をほとんど見られなかったせいもあるかもしれないです。ちゃんと細かい表情を拾えていたら、印象がぜんぜん変わるかも。(ただ、帰ってきていろいろ記憶をぐるぐるさせていたら、そのユーリでもいいような気もしてきた。もう一回観られたら確認できるのになぁ…)


☆曽世さんのオスカーは素敵でした。オスカーって、もともとすごく美味しい役どころなので、きっと誰が演じてもとても素敵なんだろうけど、特に曽世さんのオスカーは、兄のように見守る雰囲気がよかったなぁ。多分、実年齢的にもユーリの山本芳樹さんやエーリクの松本慎也さんよりかなり上なんじゃないのかな? あと、立ち姿が綺麗なところが好き(岡さんといい、エヴァンといい、背が高くて姿勢が綺麗な人に弱い私…)。


☆エーリク役の松本慎也さんは去年見たLILIESでも観ていて、そのときも真っ直ぐ体当たりの愛情表現を見せていたから、きっとエーリクも似合うだろうなぁと思ったら、思ったとおりとてもいい! 純粋で、真っ直ぐで、愛することにてらいがなくて。エーリクの印象そのものでした。