つれづれレミゼ -11ページ目

つれづれレミゼ

2007年レミゼデビューを果たした初心者が、レミゼや舞台に対して思うところをつれづれなるまま書き記す場所です

宮沢りえ/古田新太/藤井隆/美波/池内博之
チョウソンハ/田中哲司/銀粉蝶/野田秀樹/橋爪功


東京芸術劇場中ホール 1階N列下手


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この日が2度目の観劇。芝居は今日で千秋楽を迎えたので、以下はネタばれを気にせず書いちゃいます。


前回は前方列だったので、アンサンブルさんたちの動きがあんまりよく見えなかったのです。今回はそこをしっかり見てきました。痙攣のように全身を奮わせるシーン。人間の塊が胎動のようにゆっくりとうごめく姿。マスゲームのように整列し一斉に「信」の文字を掲げるシーン。アンサンブルの作る舞台背景は、物語の心情にぴったり寄り添っていて、集団のグロテスクさを見事に際立たせていて。ほんとにぞっとして、鳥肌立つかと思ったくらい。舞台空間の作り方の見事さに見とれた。野田さんの演出好きだー。


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(以下、ちょっと痛々しいので注意)


「忘れるために祈るの?忘れないために祈るの?」
「もちろん忘れるために祈るのよ。それでも忘れられないものが残るでしょう?」


これはラストのマドロミの台詞(戯曲を購入していないので、台詞はうろ覚えですが…)。これを聴いたときに、きっとこれが野田さんがこの芝居をやる理由なんだと思った。


自分は、あのときは高校生だった。世間なんてあんまり知らない田舎の高校生で、TVの向こうの出来事を実感なく見つめていた(同じ年の阪神大震災は実感をもって何が起きたかを感じていた気がする)。"オウム"という出来事が、どこから生まれて、どんな道筋をたどって、あの結末に至ったのか、そんなこと、ほとんど知らなかった。ただ、そのあと大学生になって、森達也の著作やドキュメンタリー作品を貸してくれる先輩がいて、そのときにはいろいろ考えたんだけど。また、こうして芝居として提示されることで、またいろいろ思いをめぐらせるきっかけになった。


この作品が「オウム」の事件に対して何か新しい切り口を示したのか、過去に繰り返された議論の再提示でしかないのではないか、という感想を沢山目にした。そうなのかも。でも、この芝居って、オウムの事件を扱っているけど、それだけじゃなくてまたいつか起こるかもしれない同じ事件への警鐘なのかも、とも思って。「今」だから必要、ということではなくて、きちんと向き合わないまま「過去」にしようとしているから。それぞれがきちんと一度考えなければいけないよ、ってことなのかな。と、そう思ったり。



キャタリーナ…青木隆敏
ビアンカ…関戸博一
ルーセンショー…岩﨑大
ペトルーチオ…曽世海司
グレミオー…穂積恭平(客演)
ホーテンショー …坂本岳大(客演)

バプティスタ…牧島進一/トラーニオ…山﨑康一/ビオンデロ…冨士亮太

グルーミオ…倉本徹/カーティス…板倉武志/ピーター…鈴木智久
バプティスタの使用人…織田和晃/仕立て屋…堀川剛史/未亡人…原田洋二郎

商人…藤原啓児/ヴィンセンショー…河内喜一朗


~ライフオリジナルキャスト~
リージー・ディクソン…林勇輔
猫おばさん…石飛幸治
ダン…山本芳樹
リージーのフィアンセ…松本慎也


博品館劇場K列センター


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ダブルキャストを1回ずつ見て、気に入ったほうの千秋楽に行こうと思っていて、結局Hopeチームの千秋楽に行ってきました。


3回目にして、ようやくキャタリーナの心情の流れが分かった気がする。自分を理解してくれる人をずっと待っていたキャタリーナが、そうではなくて、自分から歩み寄ってみよう、自分が変わることで二人の関係も変わるかもしれない、って思って歩きだすんだね。その辺の流れは、実は歌の歌詞の中にこめられていたので気づくのが遅れたよ。"音楽劇"の位置づけだと思っていたので、あんまり歌詞はちゃんと聞き取っていなかったのです。でも、この気持ちの流れなら、私は共感できる。キャタリーナ、可愛くていいじゃないか。


やっぱり青木くんのキャタリーナは内面が女性的な感じな気がします。松本くんはどちらかというと、男性的な感じ。守られるよりも、守ほうが似合っている。本役のキャタリーナよりも、裏役のフィアンセのときのほうがカッコよかったもんなー。思えばこれまで観た松本くんは、どの役も、愛を待つのではなく愛をぶつける役柄だったのでした(LILIESのヴァリエ、トーマのエーリク)。こっちのほうが本人の持ち味にあっているんだろうなー。


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この日は東京千秋楽ということもあり、芝居もアドリブが暴走気味。青木キャタリーナが曽世ペトルーチオに向かって叫んだ「言わせてもらうけど、"ファラウェイ"ってなんなのよーーー!!意味わかんないのよー!!!」というのが個人的に大爆笑でした。そうか、あれってこの劇団の内輪受け的ネタなわけじゃなかったのね。


いろいろあったけど、楽しかったのですべてOKです。シェイクスピア喜劇って、難しいことはひとまずおいておいてどたばたを楽しんじゃっていいんだなーというのが分かったのが、今回の一番の収穫かも。楽しい観劇体験でした。


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ちょっとびっくりしたこと。千秋楽なので役者挨拶があったのですが、坂本さんとか山﨑さんとか、芝居の中ではすごく若い印象だったのに、挨拶のときはぐっと年上に見えてびっくり。芝居中はあれだけ若く見えるってのも、その人の演技力だと思うので、すごいなーと普通に感心しちゃいました。


あともうひとつ。役者挨拶で、年配の役者陣(倉本さん、河内さん)からつかさん追悼の言葉を聞けたのが嬉しかったな。つかさんの芝居を観て芝居を始めて、今もずっと芝居を続けている人がいる。私はただ芝居を観るだけの人間だけど、こうやって受け継がれていくのを観ることができるのは、やっぱり嬉しいな。

キャタリーナ…青木隆敏
ビアンカ…関戸博一
ルーセンショー…岩﨑大
ペトルーチオ…曽世海司
グレミオー…穂積恭平(客演)
ホーテンショー …坂本岳大(客演)

バプティスタ…牧島進一/トラーニオ…山﨑康一/ビオンデロ…冨士亮太

グルーミオ…倉本徹/カーティス…板倉武志/ピーター…鈴木智久
バプティスタの使用人…織田和晃/仕立て屋…堀川剛史/未亡人…原田洋二郎

商人…藤原啓児/ヴィンセンショー…河内喜一朗


~ライフオリジナルキャスト~
リージー・ディクソン…林勇輔
猫おばさん…石飛幸治
ダン…山本芳樹
リージーのフィアンセ…松本慎也


博品館劇場J列センター


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2回目のじゃじゃ馬ならし。席位置的には、前回より後方席なんだけど、今回センターだったので、ダンスのときの視線がばしばし来たり、舞台全体のバランスがよく見えて、よい席でした。しかし、真ん中で見る「おんなは怖い」の歌とダンスはかなり迫力ありました。でも、受け止め方にとまどいながらも、かなり癖になってきてるのが恐ろしい…。また見たいと思っているもんな…。


で、2回目見たことで、キャタリーナの後半の気持ちの流れは追えたのか、というと、なんだかそこはやっぱり分からなかった…。今日は2部もちゃんと寝ずに観たんだけど、ペトルーチオのうちにつき、食べさせてもらえない、寝させてもらえない、ちょっとでも逆らうと実家に帰ることもできないという極限状態に追い込まれて、やがて何事についてもペトルーチオの言いなりになるっていうのは…、あの……DVを受けている人の精神状態と変わらないんじゃないの???、とか思ってしまったのですが……。


えーえーえー…。そんなわけないよねぇ。この話、女性応援芝居として演出されているんだから、倉田さんの解釈はそんなところではないはず…。


無理やり解釈すると、したたかに暮らしていくために"従順になったふり"をすることにした、ってことなのかしら…?? 無理やり従わされたんじゃなくて、"従ったふりをする"ことを自ら選択したってことが、ポイントなのか…?? 一見男性が主導権を握っているように見えて、その実、女性の手のひらのうえで転がされているってところが、「女性をなめるんじゃないわよ~」ってラストに繋がるのかな…??? 


ああ、無理やり解釈したせいで、?マークばっかりだ…。うーん、よく分からない……orz。


まあとにかく解釈はおいておくにしても、「女性をなめるな!」がこの芝居の最大のメッセージだと思うんですが、それだったら、ビアンカの扱い、もうちょっと変えたら面白いのになーとか思いました。


今日、休憩に入ったとたんに前の列の人が「ビアンカみたいな女嫌い!」と話していたのが印象的でしたが、ある意味ビアンカみたいな女性こそ、女性の武器を最大限に利用してしたたかに生きているわけなので、ただの天然の嫌な女じゃなく計算づくで男性を転がしている風(かつ、観ている女性の共感を得られるように)描いたらいいのにー、とか思ったり。それだったら「女性をなめるな!」がより生きてくるのになー、なんて思ったりして。(でも、ビアンカとルーセンショーのバカップル、大好きなので、ビアンカが計算高くなっちゃうとそれが観られなくなるから駄目ですかねぇ)。


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そんな感じで、いまいちテーマを上手く読みきれないんですが、芝居そのものは楽しいところがいっぱいあって、かなり好きになってきた。お気に入りは、おばかな坊ちゃんズのホーテンショーとルーセンショーの対決と、トラーニオ役の山崎さんの緩急ばっちり芝居。ほんと楽しい!


このあたりの役者さんたち、シェイクスピアの文語調の台詞を自然にしゃべりこなしているのが素晴らしい。シェイクスピア芝居を観るときって、その台詞の言い回しが日常生活とあまりに乖離しているために感情移入しにくいんだけど、今回は、台詞回しがほとんど気にならなかったよ。だからこそ、シェイクスピアに対する「難解」だってイメージがなくなって、はちゃめちゃ喜劇ぶりを楽しめました。


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前回とキャストが変わって、キャタリーナは青木くんで、ペトルーチオが曽世さん。私が2回目観劇だったせいか、それともキャストが違うゆえなのか、今回の組み合わせのほうがそれぞれの役の性格とか心情がよく分かって、好きだなー。芳樹さんのペトルーチオは、非常にエキセントリックな人で、ぶっちゃけこの人についていくの怖い…とか思っちゃったのですが、曽世さんのペトルーチオは、そこはかとなくヘタレな雰囲気があって好き。一生懸命キャタリーナを口説いているわりに、何気にキャタリーナのほうが勝っている感じがしたりとかね(←特に一幕の、二人で激しく追いかけっこしているあたり)。


あと、声がよいよねぇ。「あなたを飼い慣らすために生まれてきました」なんて、冷静に考えるとひどい内容の台詞のはずなんだけど、それが甘い口説き文句に聞こえちゃったよ。「嫌よ、嫌よ」と言っても、ずーっと追いかけ続けてくれる、ペトルーチオ。恋に慣れていないキャタリーナだったら、いちころなのは仕方ないよね。


ところで、「ジョイフル」と「ファラウェイ」の元ネタがが分からなかった…。たびたび出てきていたんですが、これって何のネタなんでしょう…。


青木さんのキャタリーナも、可愛らしくてよかった。松本くんのキャタリーナより好きかも。松本くん、まっすぐで明るい子の印象が強いので、キャタリーナみたいに気持ちが陰に向かうキャラはあんまりはまらないような。青木くんは、ガミガミ怒鳴りまくりながらも、本当はもっともっと愛されたいという気持ちを隠している感じが伝わっていいな。そして、おてんば部分も、跳び蹴りも、台の飛び越えも、大変身軽でよろしいです。