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流星太郎のブログ

関西のある街で、探偵屋をしている私のたわごと日記です。

前々回、ブログに書いた内容が、尻切れトンボ的な終わり方をしてしまった・・・・(反省)。


改めて、私の経験も含め、私見を書いてみたいと思う。



何度も書くけれど、あくまで私見である(私の経験上の)。



まず、「禁じ手ナシ」というルールは、本当に行うなら、一部の人間しか強くならない(成長しない)と言うことは、前々回も書いた。これは、私の意見である(基本的に、今もこの考えは変わっていない)。


理由は、やはり怪我が多かった事である。


なかには、手加減をして下さる先輩方もいたが、やはり、怪我は、免れなかった。


「そんな話は、フルコンタクト空手には、よくある話だ。」って、言われる方も居られると思う・・・。


ただ、私の経験では、首から上の怪我が、非常に多かったと記憶している。


歯の欠損、鼓膜の破れ、顔面の腫れ、等・・・・・。


私も、空手教室(?)時代、前歯は、殆んど折られたし、鼓膜もニ回破られている。


それでも、手加減(?)してもらっていた、と記憶している・・・・。


当時は、「怪我と弁当は、自分持ち」って、言われていた時代である(空手教室(?)だけかも・・・)。


病院代には、ホントに泣かされた・・・・。


当時、このような稽古をしていた道場は、大学のコワーい空手道部くらいだったような気が・・・・・。


町道場(社会人が通う)では、あまり聞かなかった(私の周囲では・・・・)。


因みに、金的への攻撃もありの為、股間の怪我も多かった。


金的のフクロ(?)が破れた、と言うような話は聞かなかったが(金的への攻撃は、暗黙の了解で手加減していた、と思う)、私の場合、金的を叩かれて、フクロが大きく腫れあがった事があった。


流石に、この時は病院へ・・・・・。


正直、「もう、アカンかも・・・・」って、思った事は覚えている(ナニが、アカンのかは、聞かないで下さい)。


幸い、打撲(内出血だったと思う)ですんだけれど・・・・・、焦った事は、間違いなかった・・・・。




そんな、組手稽古をしていると、当然、生徒も寄り付かなくなる(当たり前ではあるけれど)。


当然、空手道場を経営されている先生方は、経営に行き詰まる。


私が、通っていた空手教室(?)は、当時、月謝が三千円だったと、記憶している(入門金は、ナカったと思う)。


私を含め、7人の弟子が、月謝を修めても二万一千円。


借りていた公民館の使用料(1ヶ月)が、いくら掛かるかは、聞いた事がないので、ナンとも言えないけれど、まさか、ニ万一千円で、御釣が来るとは思えないのだが・・・・・。


先日、約20年ぶりに御会いした、B先輩に、この事を聞くと、


「足らず分は、先生が出していた。」


って、言われていた・・・・。


あの時代、整体師の収入が、どれくらいあったのかは、私は分からない・・・・。


しかし、生活は、しんどかったのでは?って、思うのだけれど・・・・(師は、私の知っている限り、ずっと、独身だった)。


たしか、随分昔に、ある本(格闘技雑誌)で、先代の芦原先生も、四国に渡ってすぐの頃、組手稽古でバチバチやって、生徒さんが激減し、生活に苦労された・・・、っていった内容を読んだ事があった・・・・。


やはり、空手道場を経営されている先生方にとって、生徒の数の激減は、生活を脅かす材料になってしまうと、思うんだけれど・・・・。



話を、もとに戻そう・・・・。



技術的に見ても、やはり今のフルコンタクト空手と比べると、見劣り(派手さという点で)はするように思う。


どちらかと言うと、回し蹴りより前蹴り、横蹴り。背足より、中足、足刀で蹴る技が多かった気が・・・・。


善く言えば、質素。悪く言えば古臭い(?)感じは、否めなかった・・・・。


ただ、金的への攻撃が有りの為、どうしてもハイキックを蹴ろうものなら、股間へカウンターが・・・・。


しかし、上段への回し蹴りは、先輩方は皆、それなりに工夫が・・・・。


前蹴りから、変化をつけて、落とすような回し蹴りをされていた(今でいう、ブラジリアンキックのような感じかな)。


「タスキ蹴り」とか、「タスキ落とし」とか言っておられたけれど・・・・。


また、手技にも工夫が・・・・。


素手で行う為、色々な手技があった。


正拳。一本拳。掌底。バラ手(目打ち)。貫手。手刀。等・・・・・。


やはり素手で行う為、怪我(手の)が絶えなかったと記憶している。


歯で、拳を傷つける事は、頻繁にあった。


私などは、頭に歯が刺さった経験が・・・・。


D先輩と自由組手をしていた時、掴み合いになり、頭突きをした。その際に、D先輩の前歯が刺さって・・・。


刺さった歯を抜くと、流血が・・・・・。


今でも、この傷は残っている・・・・・。



掴み合いで、思い出したが、禁じ手ナシのルール(?)は、掴み合い(?)が多かった気がする。


その際の投げ技でも、怪我が頻繁にあったと記憶している。


同じタイミングで踏み込んだ時に、そのまま掴み合いに。


そのまま投げても、下は床の為、受身が取れなかった時は、トンデモナイ事に。


幸い私は、柔道出身であった為に、投げる事はあっても、投げられる事はあまりなかったが・・・・。




思いつくままに、書いては見たけれど・・・・。


やっぱり、禁じ手ナシのルールは、支持を得られないだろうと思う。


「あの頃、そんなルールの空手が何故出来たのか?」


って、問われたら、


「空手の事を、よく知らなかった。」


って事になると思う。


古参の道場生のTさんや、O君が、あまり幻想を持たずに、精進してくれる事を、切に望むんだけれどなぁ。



又、書き足りなかった部分は、追々に書いてみようと思っている。




さて、ボチボチ仕事しよ・・・・。