映画といっても、地方で見かけないミニシアターです。
シネコンみたいに、ゆったりできるものじゃなくて、移動できる普通の椅子。これに2時間近く坐る覚悟のある人向けですので、
「映画好きか、問題意識を持っている人じゃないと、なじめない場所だな~」
と、行く度に感じています。
僕は、どちらかというと問題意識先行型でして、
今回は原発関連映画を観てきました。
観てきたのは、チェルノブイリの30キロ圏内(ゾーン)で生活する人を描いたドキュメント映画。
以前、「アレクセイの泉」という映画がありましたが、それに近い内容でした。
原発の悲惨さ、というより、「故郷って何だろ?」と問いかけらました。
舞台となる、プリピチャという町は、原発事故前に4万8千人が生活していたそうです。
事故後は、立ち入り禁止となって移住しなければならない地域となってしまいました。
にも関わらず、主役の老夫婦をはじめ、100人ほどが戻って生活をしている姿が描かれていました。
放射能の危機は継続しているのに、どうして彼らは戻るのか。
それは、「故郷」だからです。
政府が禁止しても、危険があるとわかっていても戻りたいのが「故郷」なのです。
どれだけ不自由な暮らしであっても、「故郷」以外に安心できる場は他にはない。
そんな気持ちがあるからこそ、離れないのだと思います。
考えてみると、僕には「故郷」と呼べるものがありません。
中学校の途中で転校していることも理由の一つでしょうが、「地元」と呼べるものもありません。
幼馴染の友人は居ますが、地元の友人と呼んで良いのか分からずにさえいます。
生まれ育った地域を懐かしむ気持ちはあります。
僕を育ててくれた地域をバカにされるとムカつくし、災害に遭ったときは悲しくなります。
でも、それ以上の気持ちはないのです。
地域への愛着はあったとしても、そこにどんなことがあっても離れたくないと思う気持ちに至らないのです。
スクリーンには、僕の気持ちをはるかに超えた人たちの生活がありました。
原発事故は、放射能によって山や川といった土地や、そこで生活する生き物など、ほとんど全てと言っていいほどの範囲を汚染しましたが、そこに生きる人間の気持ち、つまり、心や気持ちを汚染することは出来なかったのだと思いました。
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