最近、生徒への体罰が問題となっています。
僕が勤める高校でも、体罰は「ふつう」にあるようです。
生徒が体罰を警察に訴えたことがあり、当事者の先生は退職するという出来事もありました。
その時、職員会議で問題となり、校長らは体罰の撲滅を訴えました。
しかし、教師の多くは納得しませんでした。
一人の先生は、
「俺は絶対に体罰を止めない!」「体罰を止めるぐらいなら教師を辞める!」
と強弁していたほどです。
僕は、その時の職員会議の雰囲気に違和感を持ちました。
違和感の理由は二つあります。
1つは、校長側の体制側が言う、体罰禁止の理由です。
校長らは、明らかに「社会の目」を気にしての体罰禁止なのです。
問題が表面化して、学校の評判が下がることを嫌って。
で、もう一つの違和感が、それに同調する同僚教師の姿です。
「ばれないように体罰しよう」「問題となったのは生徒との信頼関係がなかったから」etc
共通していたのは、「体罰は仕方ない」という認識でした。
つまり、僕自身の考えと、こうした考え方とは違ったところにあるがゆえの違和感だったのです。
結論から先に言いますと、
「体罰とは教師の怒りを生徒にぶつける行為」
であると考えています。
冷静な態度で行う体罰を僕は見たことがありません。
小学校から中学校にかけて、僕自身も毎日のように体罰を受けました。
体罰をしない先生の方が珍しいような環境でした。
その時覚えたのは、
「悪いことをしないようにしよう」
ではなくて、
「先生を怒らせないようにしよう」
でした。
体罰から私が得たものは、「怒られない技術の取得」だったのです。
(つづく)
