こんばんは、ハナです![]()
先週水曜日、コロナ感染の為の自宅療養を終えました。
今日はコロナについての話ではなく、
カサンドラな私としての話です。
以下の文章は9月2日、発症(とされる日)から5日目に書いた文章です。
ちょっとひたってる、
くさい文章かも、すんません![]()
9/2
熱が下がってきて楽になってきたら、自分のせわしい脳みそも復旧してきた。
そしたら周りの様子を敏感に察知し始めた。
そうですここは私にとっての悪性ガン、自宅なのです。
時間を決めて片付けに来るような場所なのです。
ここに居て、ふと余裕が出てくると。
たちまち夫やその家族方の言動が思い出し湧いてきて、
イライラムカムカ、ザワザワする自分がいます。
療養期間、
ここに居ることはなんとか乗り切ります。
「ここに居るいい機会だから、、、(片付けを加速させよう)」と思わなくないです。
「せめて今自分が居る寝室からでも(片付けよう)」と思わなくないです。
でも、どうにも手が動かないです、気が重いのです。
私自身が感じている以上、ほんと何倍、何十倍も!
ここに居る時にあったこと、
言われたこと、
何より、今目に映るこの家の中の状況が、
(夫が買ってきたものや、夫のこだわりで設置してあるもの、片付けできないことで物にあふれていること。
私と娘は昨年5月に家を出てそこから1年、夫が一人で住んでいたのでまぁもう無法地帯状態。)
とても嫌なことだったんだな、と気づきました。
これらの嫌だったこと、
それでも日々立ち向かっていった私自身に、
「7年間よくがんばったね」となぐさめてあげたいと思った。
夫が何か変だなって、知ってしまったがゆえに我慢しすぎた、
7年も過ごしてしまった、と後悔するかもしれないし、
私にとってここまでえぐるような存在になっている自宅に、
この先娘と戻ることは出来るのかなって不安にもなってきた。
でも今は。
ここまで良くがんばったね、つらかったね、えらいね。と自分自身に言いたい。
発達障害が悪、というわけじゃないし、
発達障がい者が罪で罰を受けろ、というわけじゃない。
「「発達障害(かもしれない)の夫」、としてみるんじゃなく、
「夫です、ちょっと変わった人。」ってみれるようになるといいな」って思ってきました。
それは、当初からかなり難易度高いことだなって思っていたけど![]()
自身が統合失調症のことが頭にあってしょーがなかった時の心境のように。
病気や障がい名を前面にだして、病名でその個人をくくっちゃう心境よりも、
あくまでその人の一部として(と表現がいいかな)、
となるといいなと思った。
「発達障害と診断がついている娘がこの地で生きてけるように親としての責任を果たしたい」
とも思っているし、
「出来るなら夫(時代的に気づかれないまま大人になっちゃった人、大人の発達障がい)とも共存でしたい」
「分かりたい」
すべて本心です。
だからこそ、ここ1年は苦しかったです。
自分がしようとしていることは、夫を「切り捨てる、見捨てる」ように思えて。
もっと早く発達の概念が日本に入っていたら、、、みたいな現実的じゃないことも思いました。
でも、結局私一人ではどうにも出来なかったし、
相手が何者であろうが私も許せないラインがあって、そこがもうどうにもならない。
彼を分かれないし、
受容しきれなかったんですよね。。。
あー、、、
まぁ。
言い出すと長くなりそう、、、
重複はしてますが、まぁだいたいこんなようなこと ↓↓↓ を考えてまして。
そんで、それに対してがんばったね、ってなぐさめてあげる、
気持ちを自己処理したよ、って話でした。
つぶやきつぶやき。。。
また更新します![]()
