お別れ会 | 負けるが勝ち犬

負けるが勝ち犬

40歳を前に突然会社を辞めてしまった女、独身。しかし、ここからが真骨頂の「リアルタイムサクセスストーリー!」…勤労意欲をなくすこと1年10カ月。のち、不惑にして東京デビューの荒技に出るも、2年後の春にリストラに!またまた崖っぷち~!

人って

人に何かを「 してあげた」「施してあげた」ことは 覚えているけど

人から「してもらった」「施してもらった」ことは忘れてしまいがち

な (軽薄だったりする)生き物だよね、ということで

 

仏教の世界なんかでは

 

情を懸けしは、水に流し

恩を受けしは、石に刻むべし

 

と教え諭してくれている。

 

人に してあげたことは水に流して

人から してもらったことは石に刻んでおこう

と…

 

フツー

これで

あぁ、そうだよね、うんうん、たしかに。

と、自戒の念等々で背筋の伸びる思いがしてくるはずなのだが…

 

オラ

故・カイロ院長との思い出をたどるにつけ

そもそも、彼女にしてあげたことが何一つ思い出せないのだ。

嘘でしょってくらいに、ホントなんも「してあげた」「施してあげた」記憶がないのである。

思い出そうとすればするほど

彼女に「してもらった」「施してもらった」ことしか浮かんでこないのだ。

 

有形無形を問わず、どれだけ与えてもらってたんだよと…今になり愕然レベルで思っている。

 

ブログ内を「院長」でググると、たくさんの彼女との思い出が出てくる。

もちろん、ブログに書いていない思い出もたくさんある。

そしていつだって、与えてもらいっぱなしだったオラがいるのだ。

 

どんだけ与え好きだったんだよ、と…

今になり気づいたのだが、彼女は菩薩様だったんじゃないかと。

 

そんな思いをいだき、12月10日 彼女のお別れ会へ

高校時代の同級生で仙台在住の友人(=院長のところの患者さん)と仙台駅で待ち合わせをしてセレモニーホールへ向かった。

 

時間よりけっこう早めに到着したのだが、すでに会場には大勢の人がかけつけていた。

思わず、会場内の椅子の数をカウントしたところ300人分が用意されていた。

(ちなみに、それでも足りなかったらしく、会場の後ろの扉をとっぱらって、さらにそこに椅子を用意して席を設けていた)

義理で参列しています、というような感じの人はいなくて

式の間じゅう どこからともなく すすり泣きの声がずっと聞こえてきていた…

 

誰もが彼女との今生の別れを悲しみ

そして、「今までありがとう」と感謝の思いでいっぱいだったのではないだろうか。

 

友人代表の方が弔辞で「彼女は菩薩様の修行に出たのでしょう」とおっしゃっていた。

衆生救済のためなら地獄へわが身を投じることも恐れない地蔵菩薩の、と。

 

本当にそのとおりだと思った。

 

すでに観音様だった彼女。

今度はさらなるステップアップのために旅立ったんだろうな、と。

勉強好きで努力家で自称治療オタクだった彼女。

底抜けに明るくてポジティブで前向きだった彼女。

スタッフさんにはものすごく厳しい人であったともいう彼女。

質実剛健にして愛に満ち溢れていた彼女。

 

副院長の弔辞で

「親には反抗したことがなかったのに、院長にはどれだけ反抗したかしれません」
と、言っていたのが印象的だった。
厳しかったけれど、愛情を持っていつも接してくれていたから、と。


副院長のことは、新人時代から知ってるが、当時の彼女はバイトの一人で、ポワーンとした天然ちゃん風情だった。


そんな彼女が、大勢の前で堂々と弔辞をのべたり

式の進行を先頭に立って指示したり
別人かと思うほど立派に成長していて、ただただ驚いてしまった。


厳しくも深い愛情あればこその成長であると、彼女の姿をみていて心から思った。


彼女は弔辞の最後に

院内でいつも使っていた「お疲れ様でした」の意味の言葉である
「お楽しみ様でした!」をかけていた。

「院長、お楽しみ様でした!」と。


本当そうだよねって思った。
短い間だったけど
辛いこともあったけど

大好きな仕事を最後まで続けられて
本当に本当に お楽しみ様な人生だったねって。



オラ…

たった15年の間だったけど

今生で出会えて

友達になれて

嬉しかったよ。ありがとう。

 

でも

本当は、互いに年をとり

シワくちゃババアになった顔も見てみたかったな。

残念だなぁ。とも…

 

だが

 

会場で上映された元気だったころの写真に

一枚だけ、闘病中の…多分亡くなる数週間前の写真があって

 とってもやせ細って、誰だかわからないくらいに

老人のような 小さな体になっていたことを知り

信じられない思いとツライ思いで胸がはりさけそうになってしまったけど

 

ふと

そうか、院長は年とったらこういう婆さんになってたんだなって思ったら

妙に嬉しくなった。


お別れ会が終わり外に出ると春のようなポカポカ陽気だった。

院長の深い温かい愛のようでもあるように思われた。

 

最後の最後まで心に寄り添ってくれてありがとう。