優しさ | 負けるが勝ち犬

負けるが勝ち犬

40歳を前に突然会社を辞めてしまった女、独身。しかし、ここからが真骨頂の「リアルタイムサクセスストーリー!」…勤労意欲をなくすこと1年10カ月。のち、不惑にして東京デビューの荒技に出るも、2年後の春にリストラに!またまた崖っぷち~!

もうダメ

あの人とはこれ以上やっていけない

離婚しようと思う

 

何十年も前から言い続けてるけど離婚しない夫婦がいる一方

 

波風立てずに円満にやってると思っていたら

突然「離婚しました」、みたいなことになってしまう夫婦もいる。

 

 

普段から弱音をアウトプットできる人って

ある意味、ストレスを上手に解消できている人なのかも…

 

聞いているこっちとしては

わ!大変なんだね・・・

とっても辛そう!

大丈夫かなぁ・・・

なんとかしてあげなくっちゃ!って

ものすごく心配になってしまうけど

 

普段から弱音を吐ける人ってホントは

弱いように思えて、耐性がないように思えて

じつは一番最強なのかも。

 

「本当はアナタは相当サイキョーなんだよ!」

と、(涙ながらに訴えている相手にわざわざ)教えてあげる必要はないけど

 

「本当はアノ人は相当サイキョーなんだよ!だから大丈夫」「こちらがどうのこうのしてあげなくても ちゃーんとどうにかなれる人だから!」

と、自分自身にこそ相手の強みを認識させ

安心していたらいいんだろうと思う。

 

相手を心配しすぎたあまり

オレがなんとかしてあげよう

助けてあげよう

救ってあげよう

と、まっしぐらに突き進んでいったところ

相手を救うつもりが

自分の足元をすくわれてとんでもないことになってしまった

という、泣くに泣けない結末をみた人がいる…

 

相手の幸せと強さを信じて見守る。

なんとかしてあげよう という正義感は単なる干渉にすぎないのかもしれない。

困惑しきっている顔とかみると、とてもそんなふうには思えないかもしれないが


そもそも、目の前に誰かがいるから

熱心に心配してくれるから

弱音も愚痴も次々に見つかって余計辛くなっているのかもしれない。

また かまって欲しいという依存さえも生むのかもしれない。


だから 良い意味で干渉しない。

信じて見守る。

ものすごく勇気の要ることだが

時と場合によっては

それが優しさだったりもするのでは、と思う。