死語
卑怯 という概念が
死滅しかかっている。
言行一致
嘘をついてはいけない
自分に非がある時は潔く認めるのがかっこいい
etc.
そういう価値観は
意図的に育てないと、身につかない。
幼時なんて、
欲しいものに手を伸ばし、不快なことがあれば泣き喚き、
親切にしてくれそうな人に擦り寄る。
それが本能。
でも、そのままでは、信用される大人にはなれない。
ごく身近な人間関係の中では、それで用が足りても、
多くの他人同士で構成される社会の中では、
目先の損得で動くのではなく、
約束を守るか、言ったとおりのことをするかetc.が問われる。
人としての乳離れですね。
乳離れ以下の人間が増えている気がする。
もういやだ
大人に反逆するのはまだわかる。
変わったキャラをつつき回すのも、そういうこともあるのかとは思う。
だけど、
ドッジボールの試合をしていて、
チームメイトが当てられて転げてアウトになった姿を見て
指さして笑うなんて、
ぜったいあり得ない。
狂ってる。
世の中は所詮『金』?
農業の学習をしていて、農家の人はこんな苦労をしている云々言うと、
「でも、農家の人はお金のために働いているんだから。」
漁師さんの話をすると、
「それはお金のためだから。」
「世の中の人はみんなお金のために働いてる」「世の中はすべて金」
なんて言い放つ11歳。
それが数名。
いろんなやっかいなことをしてくれる。周りの迷惑を顧みない。
社会はそれぞれの人が互いに役に立つ仕事をし合い支え合うことで成立している、という認識が持てていない。
生まれた直後から、お医者さんや看護婦さんに世話になり、
これまで生きてこられたのは食べ物を作ってくれた農家の人のお陰、食べ物を運んできてくれた運輸業やお店の人のお陰、家に住めたのは大工さんのお陰、
と具体例をこんこんと言い聞かせて(頭ごなしに怒鳴りつけてw)
とうとう先日は、貨幣経済が発生したのは千数百年前からだけど人類は貨幣無しに数百万年命を続けてきて今の自分の生命がある、と説教を垂れてやったw
だけど、こんなことを今になって言い聞かせないとわかっていない11歳。
ま~こういうことは家で言い聞かせて育ててほしいことではあるけれど、
思い返せば、ずっと以前は、
2年生で「はたらく人たち」というのがあって、1年間あちこちに見学に出かけてはたらく大人の姿を見、話を聞いて勉強していたのが、
「生活科」が導入されて、
郵便局の人の仕事を学習する代わりに郵便屋さんごっこをして遊ぶようになった。
私は独断と偏見で、生活科導入による「はたらく人たち」の廃止が、諸悪の根源だと思っている。
働く大人への敬意や感謝が社会の共通認識でなくなってしまって、
「働く」ことが素晴らしいことだと思えなくなっている子ども達。
「仕事」がまるで悪いことであるかのように思っている(ふしがある)子ども達。
豊かな暮らしをしているように見えても、それが何によって成り立っているか見えていない、根無し草の子ども達。
