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縁が合って横須賀の夏島(追浜)にあった巨大風洞の謎時に関わった。これは米国国立公文書館(NARA)に収蔵されていた占領日本(occupied Japan)の映像フィルムである。

 

このフィルムの極々一部に、夏島の巨大風洞が写っている。高さ13メートル以上、長さ73メートル以上で、公式記録は引き渡し目録に、その名称が書かれている。「動力装置試験用大風洞」と

 

ある。そのほかにこの巨大風洞が「誰が、何のために、いつ、何を、どんな情念」を持って建設したか。その知識もなく、調査・研究を行った。公式記録や関係者の著作などを調べたが、

 

どうやら「国産初のジェットエンジン」の実験に使われたらしいことが分かった。対象が絞られても、この映像は出てくるが、仕様(specification)記述や実験の記録が見つからない。

 

国会図書館、防衛研究所、アジ歴、国立公文書館、東北大学、神戸大学などから資料の調査を行ったが出てこない。

 

これが偶然の産物と言うか「全く予期していない場所から」この風洞を使った論文を見つけた。背筋に電流が走った。この論文の中に写真があり、その構造が合致しており、記述にの夏島

 

の風洞を使用してあった。この実験は種子島時休氏(空技廠所属の技術将校)がラムロケット

(ジェットエンジン)の燃焼装置の実物大の試験装置であることが書かれていた。

 

この風洞の場所は現在は日産のテストコース上にあった。日産は経営不振のために横須賀工場の閉鎖が決まっている。

 

この風洞は解体処理されて現存はしていないが、この大きさは戦争末期の日本の追い込まれた中での起死回生の一手を探し求めていた結果かもしれない。極地戦闘機「橘花」は日本初の

 

ジェット戦闘機で1845年8月7日で15日に日本は無条件降伏を受諾しており、この飛行機は飛んだだけで実践には供していない。この戦闘機に関わった技術者は日産、IHI、そのほか企業の

 

技術顧問、研究所長など戦後の復興に貢献した。約1000人以上いた技術者、3万人を超える作業員は戦後の復興に貢献したが、この風洞を語る人は少なかった。

 

数少ない関係者の「思い出話」として18000円もする古本の中にその仕様の一部が書かれていた。2万6千馬力の軸流ファンが明記されていた。当時にこのような大容量のファンを開発して

 

いた日本技術力にびっくりした。

 

連休中にこの写真展を行うので、どこにも行かない。6月に京都に行くから、そこで楽しみを残しておくつもり。

 

de 非宇宙人