父親の本を書き始めてもう1年が過ぎた。全く時間観念がなく、内容に拘る。
今日は本構成について何篇の何章に何を書くのか「全体構成」に従って書いていると本人の弁。
自分で考えたと自慢された。これは本を書くにあたって、生涯を4つに分けて書いた方が良いとの提案にそったもので、「忘れている」。大事なことは「忘れて」全て自分が創作したと思って
居る。ただし、資料を提供された人には証拠があるから、文中に、その人への謝辞を述べている。マネージメントは「管理」と昔は翻訳されていたが、「管理職」として課長、部長がいる
が、「管理:上からの指示通りに上手に業務を行え」と思っている。マネージメントの勉強をしたが「わくわく」になかった。迷惑教授はこのマネージメントの大切さを理解していない。
何しろ自分が宇宙の中心にいて、世界は回っていると思って居る。本人は柔軟に物事を考えると称しているが、いつも自分の土俵に上げるための「難解な単語」を出してくる。
こちらは自然界の理(ことわり)を題材に説明すると自分の言葉で理解しようとする。フランス文学やフランス女性史であれば逃げるが勝ちで議論には入らない。今回は科学史に近いので
文言を譲るとそのまま間違えた使い方となる。出版されたときに「恥」を欠くかもしれない。そのために忍耐強く「話を聞き」助言を行うが、こちらの土俵に入るためには「事前の学習」して
来ると宣言。・・・これで良いのだ。何も勉強せずに資料だけ読むと、読んだ資料の「考え」が写る、個性のない本となる。
迷惑を掛けている自覚はあるようなので、相手に合わせて著作の支援を行っている。あと1年かかるかなと懸念を言うと、負けず嫌いだから今日を境に「旅行にも、趣味に、映画にも」
この著作以外なにもしないと。真っ直ぐに歩くのは良いが、途中転ばないかが心配である。多分この言葉は「嘘」である。著作が進まない「逃げ」である。マネージメントを理解していると
違う「言い訳」を言う。条件闘争か、条件の見直しを考える。
著作が進むようにzoomを提案したが、断られた。次回の打ち合わせの課題。マネージメントが
変われば、道具は使い方次第。自分だけが宇宙の中心にいると周りが見えない。ズーム方式だけは課題が残るが、ズーム会議は有効だと思う。
昭和人はマネージメントは分かっていないと思うときがまだある。アナログ・ディジタルの社会が今は楽しいい。迷惑教授は楽しく本を書く事を忘れていると思う。
いつそれに気が付くのを待っているのだが。当分は掛かりそうである。愚痴っている。
愚痴はストレスの発散。聞く人も、読む人もストレスを感じる。笑い飛ばしてください。
de 非宇宙人