家族の事は言いたくないが、阿部巨人軍監督の辞任騒動である。いろいろな視点で結果論としてお主張がメディアに流れている。時代が変わったのだろう。日本は木の枝が綺麗に伸びない。
全て、何か大事件があると法律が出来る。その事故が再発しない措置を講ずる。ところがその規制を検証していない。産婦人科は不人気な専門医の分野。過去に産婦人科の医師は手術を
失敗して巨額な補償を求められた。産婦人科の医師を希望する医学生が減った。帝王切開を経験しない産婦人科医師が多くいる。医療ミス保険が出来た。
ハラスメントは怖い。盗撮、痴漢など明確な犯罪は厳罰に処するべきだが、犯人に仕立て上げられるケースはみじめすぎる。身に覚えのない痴漢行為は被害者サイドに警察は立つ。犯人仕立て
られた男は仕事も、家庭も一瞬でう失う。事実、痴漢を行う変質者はいるので、被害者からみる
と恐怖でしかない、。周囲は知らん顔。
市役所の職員、鉄道の職員にはモンスタークレイマーには「だるま」状態。窓口業務をしている役所の吏員がお困りのクレーマーに「良かれと」思い、ガイドをしたとたん、良かれと言った
言葉を逆取して、この人が言ったからとクレームを大声を出して食い下がる。上司は出てこない。少し守備範囲を外して言った言葉が多毎に。もしこの吏員が居なければ、役所仕事で問題
解決しないで帰る。どちらも「負け―負け」、勝者は居ない。
クレーム一歩も譲らない。このような事態が駅員、役所などの公的職場で起こるのを法律で処理するようになった。クレーム対応の職員や上司は事態を収める努力を
全くしない。鉄道職員はこの法律を逆手に取る。カスハラがあると上司に相談せずに「警察」を呼ぶ。今回の児童相談所も被害者側に立って「力」で解決する方向に走った。
今の日本はこの風潮が正義だと思って居る。昭和人は矛盾を感じる。もし国家間で問題が生じた時に「どこに解決の力」を求めるか?? 防衛の力をより強靭にする方向に行く恐れがある。
力は力で抑える時代になり、話し合い、コミュニケーション、仲裁、調停など「緩衝地帯」が無くなって来た。車のハンドルには「遊び」がある。遊びのない車はレーシングマシンとなる。
ゆとりのない運転になる。・・・今の社会には「遊び」が無くなった。生成AIの正確な理解が若者にない。トクリュウを面白がって真似をする学生がいた。会話は直ぐに警察に訴えると
言う。これが現実とバーチャルの世界の境界層を破った。冗談が本当になってしまった。日本の社会は「阿部監督」は社会現象でなく、社会問題となった。交渉力のない日本人ばかりが
次世代を担うと、交渉出来ないから、より力のよりどころを求めに走る。究極な力は「原爆」を武器にした「政府」である。広島、長崎がどこかに行ってしまう。
昔、大洋の島に「国際救助隊」があり、ハイテクのサンダーバード号が災害や国際紛争を解決する。ペネロープを昭和人は忘れない理想の女性だ。執事は個性的で良い。
今思うが、イギリスの人形劇「サンダーバード」の概念は世代を超えて実現させたいと思う。日本に善悪の行間が読めない社会になってしまった。行間を読みすぎると「忖度」に通じる
のか。自衛隊のOBはOBの立場で機密漏洩を起こした事件があった。OBの介入は禁じられた。OBのバッファー機能を失った。OBの組織が仲良しクラブでも良い。現役に余計な
口を挟むの良くない。だが知らず知らず沈み行く姿はOBには見える。阿部監督の件は生成AIや児童相談所、警察の問題ではなく。社会の仕組みが脆弱して来た恐れを抱いた。
「どうなる日本」
de 非宇宙人