仏教のすべて
「仏教のすべて」金岡秀友氏 監修臨死体験あった釈迦の生涯から葬式まで日本の仏教日本の仏教の流れ聖徳太子は仏教を積極的に招来わが国に仏教を積極的に招来し、定着の基礎を築いたのは聖徳太子でした。太子は渡来僧から仏教を学んで深い理解と信仰を示し、大陸文化を積極的に取り入れ政治的な抗争により内乱のつづく日本を仏教思想を基本とした政治を行い統治しょうとしたのです。そのため、随に留学生や留学僧を派遣し、進んだ文物や人材を招来したのでした。推古天皇の摂政となった太子が、六〇七年に小野妹子を最初の遣隋使として派遣したことは有名です。自らも「勝鬘経」、「法華経」、「維摩経」など三つの意味を解釈した「三経義疏」を著し、四天王寺、飛鳥寺、中宮寺、法隆寺などを建立した。また、太子の行った政治改革のなかの一つである「和をもって貴しとなす」の言葉で有名な「十七条憲法」にも、仏教思想を大きく反映させました。◎推古天皇のとき、聖徳太子が中国の随に使節を派遣した。国書には「日出る処の天子、書と日没する処の天子に到す」とあり留学僧は帰国後、大化の改新に貢献し遣唐使に引き継がれた。一乗会本部教会のホームページhttp://ichijo-123.net/