NHK「ラジオ深夜便~明日へのことば『写真家・平間至』」紹介
◇NHK「ラジオ深夜便」4時台の「明日へのことば」、3/8(火),9(水),10(木),13(日),14(月)は、東日本大震災の被災地に思いを寄せる人々へのインタビューを特集。3/8(火)は、写真家・平間至(ひらま・いたる)さんの「故郷、塩竃への思いをカメラで」だった。故郷の復興を支えようと奔走する。躍動感ある人物撮影などで高い評価を受けている平間至さんの実家は、宮城県塩竈(しおがま)市にある写真館。東日本大震災後は故郷の復興支援のため、音楽や写真を通じた様々なイベントなどを企画している。震災後の塩竈への思いなどを聞く。*【平間至 略歴】詳細は 「Gitzoスペシャルインタビュー 第2回平間至」 に紹介あり。1963年、宮城県塩竈市生まれ。フォトストライク所属。日本大学芸術学部写真学科を卒業後、写真家イジマカオル氏に師事。独立後は、広告、雑誌、CDジャケット等で幅広く活動。躍動感のあるポートレートや、画面から音楽が聞こえてくるような作品により、多くのミュージシャン撮影を手掛ける。1996年より、TOWER RECORDSのコーポレイト・ボイスである、「NO MUSIC, NO LIFE.」シリーズのポスター撮影をを手掛ける。ニューヨークADC賞金賞(1996年)近年では、舞踊家の田中泯の場踊りシリーズをライフワークとし、世界との一体感を感じさせるような作品制作を追求している。塩竈市市政功労賞、宮城県芸術選奨(2003年)。2006年より、ゼラチンシルバーセッションに参加。2008年より、「塩竈フォトフェスティバル」、塩竈でのロックフェスティバル「GAMA ROCK FES」、写真と音楽のイベント「PHOTOROCK」のプロデュース。2009年より、浅草にレンタル暗室&ギャラリー「PIPPO」(台東区西浅草3-3-4合羽橋本通り金森ビル2F)をオープンし、ワークショップを企画する等、フイルム写真の普及活動にも力を入れる。2011年の東日本大震災以降は、自身の故郷、塩竈を含めた復興支援の活動も積極的に行っており、その一環として、塩竈初の音楽と食とアートのイベント「GAMA ROCK FES2012」をATSUSHI(Dragon Ash)と共に主催し、音楽と写真を通した支援活動も行っている。個展・グループ展「last movement」Photo Gallery International(東京)(2013年)、7thゼラチンシルバーセッション AXISギャラリー (東京) (2013年)、「写真の町シバタ」にて「平間至写真展 in シバタ」(新潟県新発田)(2013年)、「 植田正治生誕100年関連企画「うえだ好き」(鳥取) (2013年)、羊毛とおはな10th Anniversary「ありがとう写真展」Palette gallery (東京) (2013年)、羊毛とおはな10th Anniversary「ありがとう写真展」MACHINO-hanayasan (金沢) (2014年)。イベント東日本大震災復興支援プロジェクト (2011年)、「写真家による作品のチャリティー販売」 AXISギャラリー(東京)に参加。(2011年)、塩竈で初の音楽フェス「GAMA ROCK FES2012」を主催(2012年)。TV出演「NNNドキュメント」 日本テレビ (2011年)、「写真家たちの日本紀行」 BSジャパン (2012年)、「ハロー☆フォトラバーズ 川島海荷」 BSジャパン (2012年)、「ハロー☆フォトラバーズ 成海璃子」 BSジャパン (2013年)、「課外授業ようこそ先輩」NHK(2013年)。*東日本大震災が起きた。塩竈を、七ヶ浜を、想像を絶する規模の津波が襲った。平間はすぐに行動を起こし、バンに積めるだけの救援物資を詰め込んで故郷を目指した。その日以降、救援物資の運搬、炊き出し、復興ライブやフォトフェスティバルの開催など、何十回も被災地を訪れて救援・復興活動を続けてきた。しかし、多くの写真家が被災地にカメラを向ける中、平間は被災地の写真をほとんど撮ることができなかった。「撮ったのは、ほんの数枚ですね。しばらくして思ったのです。あの凄まじい嵐の中での撮影は、大災害の疑似体験だったのではないかと。でも、実際の災害は作品にできるスケールではありませんでした」。そんな中、平間は、嵐の海を撮り始めたと言う。「まだ、なかなかうまく行かないですね。最初は嵐が撮りたくて行った訳ではないのに、満足のいく作品が生まれて――不思議ですよね。でも、写真というのはそういうものなのかもしれない」。もう一度、この写真に眼を向けてみよう。話を聞いた後でも、その壮絶な撮影現場を感じさせない、むしろ静寂さが漂っているように思える。渾然一体となった海と空、波と雲とを追ううちに、時空を超えて、まるで太古の風景を眺めているような気持ちになる。平間の眼がとらえようとしているのは、今回の災害の具体的な爪痕ではなく、連綿と続く時間の中で、移ろうことのない不変のものではないだろうか。「まだ、どういう形になるのか全くわからない」と言うが、風景に関わる写真を1つのシリーズとしてまとめる構想を立てている。そのシリーズに「光景」というタイトルをつけた。目の前に広がる風景から永遠の場面をつかみ取る ー 平間の仕事を的確に言い表した言葉ではないかと思う。家業としての写真仙台駅から約20分。本塩釜駅から繁華街に向かう途中、青いタイルの壁に白い「Hirama」という文字が目を引くモダンな建物がある。ここが、平間の生まれ育った「ひらま写真館」である。「祖父の代、昭和6年から続く写真館です。一人っ子だからいずれ継ぐんだろうなぁと、漠然と思っていました」。日本大学芸術学部に進学し、写真を学びながらも、「毎週のように帰省して撮影を手伝っていました。結婚式シーズンは、学祭にも出られなかったぐらい。あまりにも疲れていて、終電で寝過ごしてしまって、気がついたら岩手の山の中……ということもありました」と当時を振り返る。平間にとって写真の出発点は、「好きとか、撮るのが楽しいとかそういうことではなくて、まずは家業ですよね。家業だから、ちゃんとやらなくてはと思っていた」と語る。*【関連記事】「Camera fan」ニュース&トピックス(2015/01/14)写真家・平間至さんが、『平間写真館TOKYO』を2015/1/18(月)、東京・三宿にオープンした。住所:東京都世田谷区池尻3-28-5 B1F TEL:03-6413-8400E-MAIL:info@itarujet.com http://hirama-shashinkan.jp/毎週水曜定休平間写真館では、スタンダードコースと呼ばれる「記念写真」はもちろん、写真家である平間さん自身がもっとも大切にしている“その人をいかに魅力的に撮るか”ということを軸に、じっくりと打ち合わせをし、撮影するスペシャルコースを用意。記録写真としての意味合いも濃い記念写真に、平間写真館でしか撮影できない“平間マジック”をかけてくれる。真っ白な壁のスタジオスペースでは、記念写真はもちろん、様々な人の魅力を写すポートレート撮影が行われる。平間写真館TOKYOの入口を入ってすぐにあるギャラリースペース。ここは、山崎信さんがプロデュースを行い、さまざまな写真展示が行われる予定。こけら落としの展示は、『平間写真館TOKYO×TOWER RECORDS「NO MUSIC, No LIFE? 写真展」で1/18(月)~3/31(木)まで開催中。ギャラリーの扉には、恐竜の骨板のような個性的な凹凸が。これは吸音材だそう。音楽と関係の深い平間さんの写真館にピッタリ。写真館の入口にある看板は、浅草のレンタル暗室・ギャラリーPIPPOの看板と同じく、岩永和音(いわなが・なぎね)さんによるモザイクタイルの作品。写真を通じて“縁をつなぐ”場所に育てたい。「東京で、こうしてメディアの仕事をしているのは、もともと写真館に戻るための修行だったんだよね。うっかり忘れていて、25年経って思い出しました。僕は大事なことから順に忘れてしまうんです。学生時代の学籍番号なんかは覚えているのに(笑)」そう言って笑う平間さん。平間写真館TOKYOは、平間さんの祖父、父と繋がって来た、宮城県・塩竃の平間写真館に対する思いと、平間さんの仕事が結実した、新たな“自分の中心”としてのスペース。「2011年の震災直後、故郷である塩竃も被災しました。名前の入った賞状やお位牌と同じように、大切なものとして、昔、平間写真館で撮った写真だけを持って逃げたという人、瓦礫のなかにあったアルバムを探す人もいました。今は誰もが写真を撮れる時代になったけれど、普及する一方で、写真の価値が下がっているように感じます。“写真の価値の復興”、これを僕は“写真ルネッサンス”と呼んでいるのですが、こういったことも活動の一つとして考えています。これまで、同じ“写真”を生業としながら、写真館を継いでいるようで継いでいないという感じがあったのですが、東京で写真館をオープンすることで、自分の中心ができたような、そんな気がしています。東京が軌道に乗ったら、塩竃の方でも何かできると思うし、ゆくゆくは両輪にするのが理想的かなと思っているんですよね」「撮影は、ご希望に沿う形で行いますが、基本的には、フィルムでの撮影が中心です。カラーはもちろん、モノクロでの撮影もしますし、銀塩プリントでアルバムにもできます。平間写真館は、撮影を行うのはもちろん、スタジオスペースのレンタルも考えています。音楽教室などのカルチャーサロン的な使い方もいいなと思っていますし、皆さんが気軽に写真を記録として残して行けて、さらに“縁をつなげる”場所に育って行くといいなと思っています」平間さんの写真に対する“冷静に命を燃やす”様と、ここを訪れる人々の思いが、この写真館をどんな風に育んで行くのか、これから先がとても楽しみ。◇