「エルベス!叔父様!お久しぶり!」
アリシャはいつも、朗らかだった。
テラスでテーブルを囲むエルベスとアイリスに、馬車から降りるなり彼女は手を振った。
爽やかに晴れた昼前だった。
風が見事に咲き乱れる花々の美しい庭園を駆け抜け、花の首を優しく、揺すっていた。
「療養してたと聞くけど、もう、いいのかい?」
抱きつく小柄な彼女をエルベスは抱きかかえてつぶやいた。
「すっかりとは言えないけど。でもセフィリアには随分、世話を掛けたの」
そしてアイリスを、見つめた。
「アリルサーシャが、亡くなったそうね?」
アイリスは、頷いた。
「セフィリアが、君の分迄世話してくれた」
セフィリアは俯いた。
「・・・テテュスがとても、可哀想だったわ。
泣いたりしないから、余計に。
あの子、アリルサーシャが亡くなった事、ちゃんと解ってるのかしら?」
アリシャが尋ねた。
「テテュスはどこに居るの?」
アイリスが答えた。
「自分の部屋に」
「レイファス。召使いに部屋を聞いて、彼を迎えに行って貰えるかしら?」
彼女の後ろに二人並んだ、とても綺麗な容姿の子供達は、頷いた。
アイリスはそれを見て少し、呆れた。
「・・・お人形みたいだな」
アリシャは微笑んだ。
「二人並ぶと、いっそう綺麗でしょう?」
エルベスとアイリスはつい、顔を見交わした。
「・・・でも、男の子なんだろう?」
セフィリアが、ため息を付いた。
「それでゼイブンが、五月蠅く口を出すようになったの。この間ファントレイユったら、男の子に襲われて」
アリシャが、叫んだ。
「女の子と間違われて、口づけさけたんですって!」
エルベスとアイリスはまた、顔を見交わした。
「・・・男の子ならもっと、強そうに育てないと。
人形遊びとは訳が違うんだから」
アイリスが言うと、アリシャの眉が、寄った。
「そうね。教練なんかに入れたら、お兄さまみたいな、男女問わずの不届き者が、いっぱい居そうだし」
エルベスが、始まった、と甥を、見た。
アイリスは肩を、すくめた。
「その通りだ。・・・あれじゃ、用心棒が必要だ」
「それで?ゼイブンもお兄さまなら、そういう輩の心理にも詳しいし、相談に乗って貰えるだろうって」
アイリスは自分の部下で彼女の夫のゼイブンが、厄介事を自分に押しつけたな。と感じた。
でも休暇願いを出ないのは彼の方で、取り上げたりしていないのに。
「・・・セフィリア。ゼイブンとは上手く、いってるの?」
アイリスが尋ねると、彼女は眉を上げてチラと兄を、見た。
「・・・お仕事の方が家に居るより、うんと、楽しいらしいわ」
「でもゼイブンは、君が帰ってくるなと言ったと、言っている」
セフィリアは、少しバツが悪そうだったが、隙を作らず言った。
「・・・それは・・・そう言ったわ。だってあの人、本当に、うっとおしいもの」
エルベスがつぶやいた。
「君は母親似だな。姉様はそれは、男嫌いだったから」
アリシャがすかさず、つぶやいた。
「・・・だって元婚約者のダレルンスクって、最悪にスケベ面!あんなのが子供の頃の婚約者なら、お母様が男嫌いになっても、無理ないわ!」
「・・・・・・だからってたった七歳だった君らの父親を手込めにして良い事には、ならない。
君らは解ってないけど。
被害者は、シャリスの方なんだぞ?」
二人の女性は顔を、見合わせた。
アリシャが言った。
「でも私、お母様は趣味がいいと思うわ。
そりゃ御一緒に暮らしてないし、父親らしい事は何一つなさらないけど。とても華奢でお美しい方だし。でもちゃんと剣士としては、腕の立つお方だと、聞いたわ」
セフィリアも、ため息を付いた。
「・・・本当に、色白で素晴らしくお綺麗な方だわ!
お母様がお兄さまに失望されるのも、解るわ。
お兄さまったら、お父様に似ずに、叔父様に似ていらっしゃるもの」
それは長身で立派な体格の、エルベスとアイリスは顔をまた、見合わせた。
アイリスがぼそりとつぶやいた。
「・・・でも私はエルベスに似られてとても、嬉しい」
セフィリアの眉が途端に、寄った。
「でも叔父様と違って、ニーシャ叔母様にも似ていらっしゃるでしょう?どれだけの相手と寝室で過ごされたの?
結婚もせずにたくさんの男性の取り巻きの居る叔母様にも呆れるけど、まさかお兄さまもそうだったなんて!!!」
エルベスが慌てて、言った。
「でも結婚前の男は大抵、そんなものだ」
だが二人の険しい顔は、戻らなかった。
「叔父様のお相手はせいぜい、女性でしょう?
それに大公子息だったから、変な素姓の女性とだって、遊んだりなさらなかったじゃない!」
アリシャが怒鳴ると、セフィリアも言った。
「だいたい、真面目な叔父様が、お兄さまを庇う事自体が、おかしいのよ!」
二人は途端に肩を、すくめた。
エルベスはだがつぶやいた。
「幾ら兄でも、年頃の寝室をノックもしないで二度も入るのは、どう考えても君たちの方に非があると、私は思うけど」
アイリスも言った。
「私の交際相手は友達も含めて全員、一緒の寝室で過ごしてると勘違いしてるだろう?」
アリシャが、眉を吊り上げた。
「あら。じゃ、一人一人お名前を挙げて、はっきり関係を尋ねても、いいのかしら?」
だがふいに、アリシャは自分の脇に居る小さなレイファスに、気づいた。
「・・・レイファス!聞いていたの?」
「召使いが、自分が呼びに行くからって」
セフィリアも、自分を見上げるファントレイユを見てぎょっとした。
「・・・アイリス叔父様なんでしょう?紹介しては、下さらないの?」
ファントレイユの頬が染まって、セフィリアは一発でファントレイユが、立派な騎士のアイリスが気に入ったと、解って狼狽えた。
「あ・・・あら。そうね。アイリス。こちらが私の息子のファントレイユよ」
アイリスが微笑むと、ファントレイユは憧れの騎士の実物を目にしたように感激をたたえた瞳で彼を、見上げた。
「彼は、レイファス」
可憐で可愛らしい彼が微笑むと、それは愛らしかった。
「・・・お父様に、似てない?」
アリシャが自慢そうに微笑む。
エルベスとアイリスはまた、顔を見交わした。
エルベスがとうとう、言った。
「・・・アリシャ。君はどこ迄知ってるか解らないけど。
シャリスはその容姿で本当に、苦労している」
アリシャはすかさず、言った。
「取り巻きが男しか、居なかったって事?」
エルベスがため息混じりにつぶやいた。
「・・・私が思うに、七歳で女性に襲われたりしたから女嫌いに成って、あの容姿で子供の頃から男にしつこく付きまとわれてたから、自分を護ってくれる騎士にすっかり入れ込んだ。
自分の息子にもそうなって欲しいなんて、思ってないだろう?」
アリシャは、プン!と余所を向いた。
「・・・でも、たくさんの立派な騎士が、お父様に跪(ひざまず)くみたいに仕えていて、お父様は彼らを従わせて、それはステキだったわ!」
アイリスとエルベスは思い切りため息を吐き、レイファスとファントレイユはつい、顔を、見合わせた。
セフィリアが、息子達が聞いている様子に困惑して、とうとう言った。
「アリシャはまだあんまり長い間陽に当たると良く無いわ。部屋に通して貰っていいかしら?」
一同はようやく、室内へと向かった。
エルベスとアイリスはやっと第一ラウンドが、終わったと感じた。がもう、彼女達の外見至上主義の少女趣味と潔癖症、それに勘違いだらけの想像力には、へとへとだった。
つづく。