甲斐警視 -2ページ目

トップダウンリスクアプローチの概要

さてさて、前回の記事で書き残したように、トップダウンリスクアプローチについて触れてみたいと思います。


まず、その目的はSOX404条の導入に関する派生的な負担を軽減し、導入をスムーズに進めることです。


☆404条は、一部の人にはおさらいになりますが、CEO(最高経営責任者)やCFO(最高財務責任者)に対して、SECに提出する書類に、内部統制の有効性評価に関する開示及び、虚偽や記載漏れが無いかどうかを保証する証明書(署名済)の添付を要求しています。


例えば、ある上場企業がSOX法に対応するため、内部統制の運用状況と評価のレビューを行うとします。従業員が数千人いて、取り扱う製品群も数万に登り、工場も連結対象子会社も世界中に散らばっているとします。さて、企業のマネジメントや内部監査人は正直どこから手をつけて良いか分かりません。内部統制と一言で言っても、その範囲は広大で企業内外の全てに直接的間接的に関連しているといえます。ある調査では、4万ものコントロールポイント(統制が効いている場所)を洗い出し、その全てについて詳細な文書化を試みようとした例があるらしいです。例のような巨大企業で、404条対応のためのノウハウが無ければ、このような泥沼にはまってしまって、時間も費用も無駄にかけてしまう恐れがあります。もちろん、それは企業の勝手ですから、やりたければ別に誰も止めはしないでしょうが。株主に対してはこういった不手際は印象が悪いかもしれません。


では、トップダウン型のリスクアプローチはこういった無駄をどのように解決してくれるのでしょう。


次のフローを見て下さい。


    会社レベルでの統制状況の把握

            ↓

   財務諸表上重要性のある事項の把握(トップ)

            ↓

     個別の統制状況の把握(ダウン)


簡単に表現すればこんな感じになります。


うーーん、まだ難しいですね。


でも、上記のフローをピラミッド型と考えてください。要するに下に行くほど、裾野が広いわけです。広い裾野に手を広げるよりも、上から見てリスクが集中し財務諸表上影響の大きな箇所をピンポイントで把握しようとするアプローチだと考えると、何となくイメージを掴んでいただけるのではないでしょうか?


実務的に見るとなぜダウンに集中するのが効率的でないかというと、コントロールポイントというのは殆んどの場合、既に会社の仕組みの中に組み込まれていて、従業員レベルでは日常的に意識することなく、統制が存在しているからなのです。存在と書いたのはちゃんと訳がありますが、存在することと有効に機能しているということは別であることも、頭の片隅に残しておいて下さい。


しかし、個別のコントロールポイントは何となく存在して機能していても、会社全体から見たときに、組織構造が歪であったり、トラブル発生時にマネジメントへの報告がなされているにも拘らず、マネジメントがその対応を怠っていた事実があったとします。それは、もはや個別のコントロール上の問題ではなく、マネジメントの対応の問題。そして、マネジメントの対応に関する問題の方が、会社にとって影響が大きく、もちろん財務諸表上の影響も大きくなるのです。まずはリスクの大きな部分から重点的に改善していきましょう。





トップダウンリスクアプローチ

最近本来のブログの目的から少し話がそれてましたが、新天地での生活も仕事も徐々に慣れてきたので、そろそろ本腰を入れていこうと思います。


米国においてはエンロンを始めとする上場企業の粉飾決算や不祥事などから、不正な財務報告への早急な社会的対応が迫られ、2002年7月にサーベンスオックスリー法(SOX法)が可決され、2003年から施行されています。日本においても、皆さんもご存知のように、2006年6月に日本版SOX法(金融商品取引法案)が参院で可決、2009年3月期の本決算から上場企業及びその連結子会社への適用ということになっています。


ただ、先に始まった米国において、企業が健全な財務報告を可能にするための内部統制システムの構築に関して、果たして、その費用対効果(コスト、ベネフィット)のバランスが保たれているのでしょうか?多くの企業は、不必要に広範なコントロール(統制機能)のテストを実施し、膨大な作業時間とコストをかけてしまっています。そこに携わる、会計士や、ソリューションベンダーにとっては、商売としては好都合な話ではありますが、企業にとっては非常に大きな負担となっています。その負担の大きさに比べて、財務報告にかかる内部統制システムの構築が効率的になされ、内部統制システムが有効に機能、運用されているかどうか、あるいは、内部統制システムがカバーしていない、コーポレートガバナンス(企業統治、一般的には取締役会など)のレベルでは、潜在するリスクの抽出は行われているのか?


米国の証券取引監視委員会(SEC)では、このような議論の場を継続的に持ち、企業経営者に向けて、積極的な情報提供を行っております。つい最近リリースされたのが:SEC Announces Next Steps for Sarbanes-Oxley Implementation です。この中で強調されている点が、"The steps we are announcing today are designed to further improve the reliability of financial statements and to better protect investors while making the Section 404 process more efficient and cost effective,"

我々が今日公表しようとしている一連の手続は、財務諸表の信頼性の更なる向上と、SOX404条の導入過程をより効率的かつコストイフェクティブ(費用面でより効果的に)進める間、今まで以上に投資家を保護することを目的としています。」


それでは、具体的にはどのようにすればよいのでしょうか?当然、質問が湧く所です。以下、文面の中で大きなヒントがあります。


Commentary submitted to the Commission has suggested that management assessments under Section 404 have not fully reflected the top-down, risk-based approach the Commission intended. 


「委員会に提出されたコメントに拠れば、404条の下実施されている経営者による内部統制評価は、委員会が当初意図していたトップダウンリスクアプローチを十分に反映していない」


SECはどうやらトップダウンリスクアプローチを当初から推進していたようですが、思うように行ってないようですね。次回は、トップダウンリスクアプローチについて触れてみたいと思います。






Chicago

レーガン大統領の生誕地から約120マイル、シカゴの街にようやく到着しました。


シカゴのダウンタウンの景色は大体20マイル離れたところからその摩天楼が見え始める感じで、車でダウンタウンに近づくとき、物凄いワクワク感があります。ゴールに近づいてるぞー!って感じですか、20マイル離れた辺りからその臨場感を感じるので、達成感を味い、今までの旅の出来事を振り返りながら、旅の終焉を迎えるには十分な時間でした。この達成感と感動は、多分、長距離の一人旅を経験した人にしか分からないかもしれません。


摩天楼の美しさは、このトップページの写真を見ていただくとよく分かると思いますが、実際に歩いて芸術的センスを肌で感じながら、その味わいの深さを感じなければ本当のよさは分からないかもしれません。職場の同僚もみな口を揃えて、街の美しさ、芸術的な感性の素晴らしさを強調しています。もっと素晴らしいのは、街の規模もさることながら、ビジネス、アカデミック、そして実際非常に多くの人がダウンタウンに実際に住み、都会の生活を非常にエンジョイしていることを、街を歩きながら感じ取れる所です。職場の同僚の中にも、ダウンタウンに住みつつ車で通勤している人が多くいます。自分も出来れば近い将来そうしようと考えています。


話はその辺にしておいて、少しですが写真を楽しんでください。


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写真に写っているのは街のほんの一部でしかありません。ミシガン湖の水の美しさと、洗練された街並みが本当に素晴らしいの一言です。誉めてばっかりですが、私個人は物凄く気に入ってしまいました。もちろん私の住む郊外も、綺麗な住宅街が広がっていて、日本人コミュニティーも十分過ぎるほどあり、至極便利が良いです。でも、若い内は、活気のあるダウンタウンに住みたいですよね。ダウンタウンで開かれるビジネス交流会などにも積極的に参加して、どんどんシカゴの人間になっていきたいですね。


これからも、会計業界に関することだけでなく、シカゴに関することなどもふくめてお伝えしていくつもりです。こんなことが知りたいっていうリクエストがあれば、コメントを残して頂けるとありがたいです!旅中、皆さんの励ましのお言葉、ありがとう御座いました。







Davenport~Chicago

ようやくここまで辿り着きました。


旅ブログもやっとシカゴのあるイリノイ州に突入することが出来ました。


もちろん、既にシカゴに着いて生活と仕事を始めているわけですが、事務所人と旅の事を話せるのでその度に思い出しています。アメリカ人は意外と生まれた土地に落ち着く人が多いのかなーと、もしかしてLAやNYが特別なのかもしれませんが、事務所の人の大半はイリノイ州出身で、遠くてもミシガン州やインディアナ、アイオワ州出身で、この辺りの人にとってはロサンゼルスやサンフランシスコのような街は憧れのようです。旅の途中の話よりも、ロサンゼルスの話に結構集中するか、アメリカ人はおしゃべり好き、ジョーク好きなので、一人舞台になることが結構多いです。


さて、アイオワ州ダベンポートから、イリノイ州シカゴまでは約180マイルの道のりです。飛ばせば大体2時間半で到着しますが、やっぱりイリノイ州に入ってからは少しずつ交通量も増えて、輸送トラックが多くなります。という訳で、大体60マイルぐらいの速度での運転です。


交通量が増えたとは言え、まだまだ物凄い田舎で、目に映るのは広大なトウモロコシ畑と森。このまま着いても面白くないなーと、そう思っていたところで Mr. President Ronald Regan's Birth Place という看板を発見。時間もガソリンもたっぷりあったので、思い切って広大なトウモロコシ畑が広がるExitで降りることにしました。フリーウェイを降りるとすぐに次の看板を発見、Birth Placeまで25マイル!おいおい、フリーウェイから25マイルかー、正直迷いましたが、せっかくだからレーガン大統領にイリノイ州到着の挨拶をしておこうと思い、こんな道をずーーーっと25マイル走り続けました。


Regan1


フリーウェイをそれてこんな田舎道を25マイルも走っていると、本当にあの標識は正しかったのかな?もしかして間違ってなかっただろなー?なんて考え出すんです。でも、もう10マイル以上来てるからそろそろ次の標識ぐらい出てくるだろうと思って、引き返す訳にもいかないし、それでもこんな道がひたすら続くのです。しかも雨模様、人も車も殆んど無い、隣の家まで5マイルはあるでしょうか、こんな所でレーガン大統領は育ったのかーと、私だったら一生トウモロコシを刈ってるだけだろうなーと、一人で想像。


それでも何とか、標識を見つけては角を曲がり、またひたすら真っすぐ進んでは角を曲がり、やっとのことで街らしき場所を発見!ここかー!えっ汗ENDってどういうことだよーガーン、通り過ぎたのかなーと不安がよぎりました。

Regan2


もしかしてこれだけだったのかなーと、1ブロックほどの小さな通りを歩いてみると?


Regan3


あんまり目立たないのですが、周囲を見渡すとレーガン大統領に由来する建物や歴史的な建造物を見ることが出来ます。


Regan4


どうやらここはTAMPICOという町らしいことが分かってきました。でも、ご覧のとおり、町とは言え人影がありません。静けさが恐いぐらいでした。


何もなさそうだし、あんまり面白くなかったけど、戻ろうかなと思った時、二人の人影を発見!二人に話しかけると、記念館らしき所に案内されてそこから話すは話すは、余程日本人と携帯電話が珍しいのでしょうか、その中年夫婦は一杯見せたいものがあると、交代で記念館を案内してくれました。おじさんの説明でようやく、ここがレーガン大統領の生誕地で、記念館が生誕の家であることが分かり、ジーーンと感動。こんな所から大統領まで登りつめたんだーと、その偉大さにまた感動。


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夫婦に案内されて、非常に貴重なものを見せていただきました。その一つは、昔の銀行の金庫とタイマー。1920年当時のものらしく、カギが壊れていて、扉の向こうの頑丈なローターらしき鍵も動かないそうです。でも、おじさんが言うには、2日前に開けて中を見て、何もなかったそう。本当だろうか。


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レーガン大統領とその家族は、この建物の2階を賃借していて、1階がFIRST NATIONAL BANKという銀行、もともとはパン屋さんだったそうです。家賃がレーガン大統領のお父さんの月収の半分だったとか。どうやら家族が増えて、家賃が高いこともあって、この場所にはそれ程いなかった様子。町のはずれの民家を借りて、その民家は現在一般の人が買い取って住んでいるそうです。私はおじさんからこっそり、当時の銀行小切手を分けてもらいました。恐慌でこの銀行は潰れてしまったそうですが、凄く歴史を感じて、レーガン大統領のお父さんもこの小切手を切って家賃払ったりしてたんだなーと、また感動。中に進むと、レーガン大統領の生まれた部屋(当時、こういう田舎では自分の部屋で生んでたらしい)を覗いてまた感動。近くの写真を見て、賢そうな顔してるなーとブツブツ言うと、隣でおばさんが得意げに大統領が幼少時代に勉強が凄く出来たエピソードを話してくれました。幼少時代に字を書けるようになることは、当時こういう田舎では凄く稀だった様です。そうでしょうね、普通は、トウモロコシ畑に囲まれて、学問に勤しむ少年時代を過していたとは思えませんし。


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中で気になったのが、生家に虹がかかった写真。ここでもエピソードがあって、1度目は大統領が生まれた時に生家にダブルレインボー(二重の虹)がかかって、2度目はレーガンさんが大統領に当選した日に、また生家にダブルレインボーがかかったそうです。大統領の自伝の中でもこのエピソードは紹介されているそうです(私の耳が間違っていなければ、確かそういってました)。


Regan9


他にも、大統領が若き頃のライフガード時代のエピソード(沢山の人命救助をしたそうです)や、隣人とのいろんなエピソードなど、内容は盛りだくさんでここには4時間近くいたでしょうか、出来れば大統領が食事をよくしていたレストランで昼食を取るつもりが、話に夢中になって夕方前になってしまい、レストランが閉まってしまいました。残念と思いつつも、アメリカの歴史の一面を見たようで、自分の新しいスタートを切る上でも凄くためになった訪問でした。


さて、やっと最後のシカゴの話ですね。勿体つけてるわけじゃありませんが、自分にとっても時間をかけて少しずつ開拓していきたい街なので、本音を言えば勿体つけているかもしれません。次回は、その一面をご紹介できればと思います。





Grand Island~Davenport

ネブラスカ州グランドアイランドからアイオワ州ダベンポートまでは約450マイルの道のりでした。


途中でネブラスカ州のオマハに立ち寄って、そこでランチ。街をブラブラ散策している途中で、大学時代に交換留学プログラムでネブラスカ州立大学に行こうかどうか迷った時期があったを思い出しました。私の出身大学は京都の龍谷大学という浄土真宗系の学校で、といってもお坊さんが通う学校ではなくて、ちゃんとした総合大学なのですが、その当時は海外留学しようとする学生は殆んど皆無で、申請すれば殆んどみんな留学出来る感じだったので、二回生の頃だったでしょうか、思い出して懐かしくなりました。その頃と比べれば、ずいぶん遠くまで来たものだと、あの頃は漠然と思い描いていたことを、こうして形にしていっている自分を何となく不思議に思いました。大学時代は英語は勉強していたものの、英語を話すことは出来ず、違う言葉を話すってどういうことだろーと、本当に話せるようになるのだろうかと、そんな程度でしたから。シカゴに行って、アメリカ人の経営する会計事務所で働こうとしている自分を見て、よく頑張って来たものだと、オマハの街で一人感慨深いものがありました。


Omaha1


公園で一人ブラブラしてると、前から白鳥のボブ(勝手に名前付けました)が語りかけてきました。見かけない顔だねー?どっから来たんだい?てな顔してるので、君に会うのもこれが最初で最後かもしれないけど、一応この街に立ち寄った証人だから、覚えといてねっと、記念写真。


Omaha2


オマハは土曜日だったせいなのか、街に人がいなくてイベントも何もなく、それ程大きな街でもないので、あまり見るところはありませんでした。コロラドのデンバーに比べるとずいぶん田舎の街です。


そろそろ時間が来たので、残り250マイルほどの行程を急ぎました。


オマハを過ぎるとすぐアイオワ州に入ります。そこからダベンポートまでは正直何もありません。あるといえばマディソン郡の橋ぐらいでしょうか、I-80沿いにマディソン郡を通り過ぎる途中に看板が見えますので、立ち寄ってみても良いかもしれません。私は個人的にあまり興味が無かったので、今回はパスしました。この時は、アイオワ州とイリノイ州の州境を流れるミシシッピー川を早く見たという気持になっていたので、それと、目的地のダベンポートと周辺の3都市(Bettendorf, Rock Island, Moline)は4都市でQuad Cityと呼ばれていて、何だか見所が沢山ありそうな気がしたからです。


目的地のダベンポートに着いたのは夕方の5時頃だったと思います。ダベンポートの街はそれ程大きくなく、土曜日の夕方なのに人通りもまばらでした。一人街をぶらついて、イタリアンレストランで夕食を済ませましたが、綺麗な街ですが、活気があまり無くて観光地にしても中途半端でしょうか、周辺には裕福な住宅街が広がっているのでそれなりのビジネスがあるのでしょうが、もう少し観光に力を入れても良いかなと、そう思いました。


Davenport2


Davenport1


ダベンポートから橋を渡った対岸はイリノイ州のRock Islandです。Rock Islandは何かあるだろうと思って、翌朝張り切って行ったのですが、ここがなんだかゴーストタウンのような静けさで、治安も悪く、何だか犯罪の香りが漂う怪しい雰囲気。道に迷ってVisitor Centerという看板につられて道を曲がったら、警察のゲートが待ち構えていて、どうやらここは刑務所訪問者用のゲートらしく、何でカリフォルニアナンバーの車が用があるんだと尋問。I'm traveling and simply followed a road sing over there, and it seems I got lost. と説明、免許書と車のレジストレーションと保険を見せて開放されました。Visitor Centerなんて紛らわしい看板出さないで欲しいものです。


この日はシカゴに到着予定だったこともあって、物騒な所からはさっさと引き上げようと、道を急ぎました。


次回は、いよいよシカゴ到着ですが、その途中で立ち寄った町を紹介します。