秋津洲・7
久しぶりに秋津洲に戻るとして、本日は舷外電路を取り付ける。
エッチングはライオンロア社のものを使用。
ゼリー状瞬間接着剤を点付け使用して貼り付けた後に流し込み系の瞬間接着剤を隙間に流し込んでいく。
実際の写真をみていくと、日本海軍艦艇図面集及び艦艇模型スペシャル22・P100の図面にある艦首付近の舷外電路の位置は間違えている。
実はキットの箱絵、艦艇模型スペシャル22の作例が正解だったりする。
当方はカバー無しのタイプだが、厳密には写真をみる限りカバー付きであるが、好みの問題でカバー無しにした。
とはいっても普通にみる分には1:700で違いなんてほとんどわからないだろう。
長谷川が現在開発している秋津洲はスケールが大きい分正確な再現をしないとまずいかも。
エッチングはライオンロア社のものを使用。
ゼリー状瞬間接着剤を点付け使用して貼り付けた後に流し込み系の瞬間接着剤を隙間に流し込んでいく。
実際の写真をみていくと、日本海軍艦艇図面集及び艦艇模型スペシャル22・P100の図面にある艦首付近の舷外電路の位置は間違えている。
実はキットの箱絵、艦艇模型スペシャル22の作例が正解だったりする。
当方はカバー無しのタイプだが、厳密には写真をみる限りカバー付きであるが、好みの問題でカバー無しにした。
とはいっても普通にみる分には1:700で違いなんてほとんどわからないだろう。
長谷川が現在開発している秋津洲はスケールが大きい分正確な再現をしないとまずいかも。
九三式水上中間練習機
1:144食玩に小改造を施し、完成しました。
写真は霞ヶ浦航空隊所属機
茨城県 霞ヶ浦基地
(昭和13年頃)の機体です。
昭和5(1930)
海軍は新型の中間練習機の製作を計画。
横須賀工廠で試作を開始。
昭和6年4月
九一式中間練習機として完成するも、最高速度が実用機を上回る等「練習機としては高性能すぎる」「横方向の安定性に問題あり」とのことで生産に至らず。
昭和9年1月
九一式中間練習機の改良を川西に指示。
操縦性等性能が向上。
九三式中間練習機として、水上機型は九三式水上中間練習機として正式採用。
以後、終戦まで11年間にわたり、愛知を除く海軍機製造メーカー7社全てが参加、5591機が生産されることになる。
昭和13年末以降
全面オレンジ色の塗装に更新。
やがて通称赤トンボとよばれ親しまれることになる。
昭和20年頃
一部は特攻作戦に参加。





