秋津洲・11
ちょとずつですが、迷彩塗装と小部品のとりつけ開始。
船体下部の白色は波の大きさから速度を潜水艦に予測させないための迷彩です。
大戦中の魚雷はまっすぐにしか進まない為、潜水艦にとって魚雷を命中させるための未来位置を予測する必要がありました。
水を切る波の大きさをごまかすことにより、魚雷の命中率を下げる効果を期待したものです。
もっとも日本において迷彩という概念は緒戦に勝ちすぎた為あまり重視されなかったということと、塗装がめんどう、見栄えが悪い、等様々な理由により組織的な研究はあまりされませんでした。
話はずれますが、1930年代の中国戦線の海軍機ははじめ迷彩塗装されていましたが、銀色、赤色の目立つ塗装に変更されています。
こちらのケースの場合中国軍航空機との戦闘で異常としかいえないほど勝ちすぎて迷彩によりその姿を隠匿する必要がなくなった事、赤色を塗装することにより遭難した場合味方に発見されやすくするためのものです。
必要以上の日本軍の勝利は自らの過信につながり、陸海軍の対立を生み、兵器の進化を遅らせ、大戦後半にその代償を払う遠因となりました。
大東亜戦争初期のイギリスも日本人軽視による油断により優秀な軍事力をもちながら敗退しています。





