水上機母艦・秋津洲2
船幅が16メートル弱の船に幅40メートル近い飛行艇を搭載するため、飛行艇の主翼はほとんどが海上にはみだし、飛行艇を搭載したままの航行は不可能であった。
(模型写真参照)

《戦歴》
昭和15年(1940年)10月29日
神戸川崎重工にて起工。
昭和16年(1941年)7月25日
進水。
昭和17年(1942年)4月29日
竣工
水上機母艦に類別
昭和17年(1942年)5月
第11航空艦隊へ編入され、ラバウルへ進出。
昭和17年(1942年)8月
ショートランドを基地にソロモン方面へ作戦行動を実施。
昭和18年(1943年)6月~
横須賀~北千島間の輸送任務に従事。
キスカ撤収作戦に参加。
昭和19年(1944年)2月17日
トラック島に停泊中、空爆により中破。
昭和19年(1944年)~8月
横須賀、呉にて損傷箇所の修理。
昭和19年(1944年)9月24日
フィリピン・パナイ島コロン湾にて米空母機の空爆により戦没。
昭和19年(1944年)11月10日
除籍。
(模型写真参照)

《戦歴》
昭和15年(1940年)10月29日
神戸川崎重工にて起工。
昭和16年(1941年)7月25日
進水。
昭和17年(1942年)4月29日
竣工
水上機母艦に類別
昭和17年(1942年)5月
第11航空艦隊へ編入され、ラバウルへ進出。
昭和17年(1942年)8月
ショートランドを基地にソロモン方面へ作戦行動を実施。
昭和18年(1943年)6月~
横須賀~北千島間の輸送任務に従事。
キスカ撤収作戦に参加。
昭和19年(1944年)2月17日
トラック島に停泊中、空爆により中破。
昭和19年(1944年)~8月
横須賀、呉にて損傷箇所の修理。
昭和19年(1944年)9月24日
フィリピン・パナイ島コロン湾にて米空母機の空爆により戦没。
昭和19年(1944年)11月10日
除籍。


