第20主日・日毎の学び・今日一日の福音 | 私の居場所と今日一日。

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私の人生は死ぬまでのひまつぶし、とかってのブログに書きました。その後に私が見つけた日常の記録です。感情障害や無呼吸症候群、脳脊髄液減少症、アルコール依存症他の病を患っていますが、ブログで健康とヘルスケアを整えたいですね。





第20主日

第一朗読

イザヤ56・1、6-7

わたしは異邦人の子らを聖なるわたしの山に導こう。

イザヤの預言

56・1主はこう言われる。
正義を守り、恵みの業を行え。
わたしの救いが実現し、
わたしの恵みの業が現れるのは間近い。
6主のもとに集って来た異邦人が主に仕え、
主の名を愛し、その僕となり安息日を守り、
それを汚すことなくわたしの契約を固く守るなら、
7わたしは彼らを聖なるわたしの山に導き
わたしの祈りの家の喜びの祝いに連なることを許す。
彼らが焼き尽くす献げ物といけにえをささげるなら
わたしの祭壇で、わたしはそれを受け入れる。
わたしの家は、すべての民の祈りの家と呼ばれる。



✅ 核心

「神の家は、すべての民の祈りの家。出自や身分に関わらず、正義を行い神に従う者は誰でも、等しく受け入れられる。」

 

✅ ポイントと解説

- 「正義と恵みの業を行え」——預言の最初の呼びかけは「正しく生き、人のためになることをせよ」。形式や所属ではなく、生き方こそが神への道の条件。
- 「異邦人も等しく招かれている」——本来の民だけでなく、他の国、他の出自の人々も、神を愛し契約を守るなら同じように受け入れられる。神のもとには「部外者」は存在しない。
- 「すべての民の祈りの家」——神殿は特定の人々のためだけの場所ではない。あらゆる人の祈りが届き、受け入れられる場所——それが神の家の本来の姿。

 

🧭 直面と省察

- 「自分の『所属』や『立場』を理由に、他の人を排除したり、差をつけたりしていないか?」
- 「神に受け入れられる条件は『正義を行い、神を愛すること』——そのことを忘れ、形式や慣習にとらわれていないか?」
- 「私の心は、すべての人の祈りを受け入れる『祈りの家』になっているだろうか?」

 

💡 AAの原理とメッセージ

- 「誰も排除しない共同体」——AAの伝統」——AAには「資格」も「階級」もない。アルコール依存症という共通の苦しみを抱える者は誰でも等しく招かれる。神の家がすべての民の家であるように、AAもすべての人の回復の家なのだ。
- 「行いこそが証拠」——ステップ7・12」——「信じている」と言うだけでは不十分。正義を行い、人に仕え、誠実に生きる——その生き方こそが、神に応える道であり、回復の証。
- 「部外者はいない」——ステップ2・3」——自分が「選ばれた特別な存在」だと思うとき、そこには差別と排除が生まれる。私たちは皆、同じように招かれ、同じように恵みを受ける。その謙虚さこそが、共同体を支える。

 

✨ まとめ

「神のもとに部外者はいない。正義を行い、心を開く者は誰でも、等しく受け入れられる。あなたの心も、すべての人の祈りを受け入れる家になりなさい。」


答唱詩編

詩編67・2+3、4+5、7+8

神のみ旨を行うことは、わたしの心の喜び。

詩編67

67・2神よ、あわれみと祝福をわたしたちに。
あなたの顔の光をわたしたちの上に照らしてください。
3あなたのわざが世界に知られ、
救いがすべての国に知られるように。

4諸国の民はあなたをたたえ、
すべての民はあなたを賛美せよ。
5すべての国は喜び歌え。
あなたは民を正しくさばき、諸国の民を導かれる。

7地は豊かに実り、
神はわたしたちを祝福された。
8地の果てに至るまで神をおそれ敬え。
神はわたしたちを祝福された。



✅ 核心

「神の恵みと光を受けるとき、それは自分のためだけではなく、世界中に救いと正しさを届けるため。喜びは分かち合うためにある。」

 

✅ ポイントと解説

- 「祝福は自分のためではなく、世界のため」——「神よ、あわれみと祝福をわたしたちに」と祈るのは、自分だけが恵まれるためではない。その光が世界に届き、すべての国に救いが知られるように——それが祈りの真の目的。
- 「正しさと導きが喜びを生む」——神が民を正しく裁き、導いてくださるからこそ、すべての国が喜び歌える。権力や富ではなく、正しさと導きこそが人々を真の喜びに導く。
- 「地は豊かに実る——恵みは循環する」——神の祝福があるとき、地は実り、人々は敬う。恵みは受け取って終わるものではなく、豊かさとなって周りに広がり、再び神への賛美となって返っていく。

 

🧭 直面と省察

- 「神の恵みを『自分だけのもの』として抱え込んでいないか?」
- 「私の喜びや恵みが、周りの人々にも届いているだろうか?」
- 「正しく生きること——それこそが、神への賛美であり世界への奉仕だと知っているか?」

 

💡 AAの原理とメッセージ

- 「恵みは分かち合うために受ける」——ステップ12」——回復という恵みを受けたのは、自分だけが助かるためではない。その経験を分かち合い、他の人の回復を助けるため。それがAAの根本的な精神。
- 「正しく生きることが賛美」——ステップ7・10」——神を賛美するとは、言葉で歌うだけではない。正しく誠実に生き、周りの人を導くこと——それが最も真実な賛美であり、証し。
- 「共同体の喜び」——AAの精神」——AAは一人の成功を喜ぶのではなく、誰一人取り残されることなく回復することを願う。すべての人が恵みを受け、共に喜ぶ——それが本来の共同体の姿。

 

✨ まとめ

「神の恵みを受けたら、それを抱え込まずに届けよう。正しく生き、分かち合うとき、あなたの喜びは世界の喜びになるのだ。」

第二朗読

ローマ11・13-15、29-32

イスラエルに対する神の賜物と招きは取り消されない。

使徒パウロのローマの教会への手紙

皆さん、11・13あなたがた異邦人に言います。わたしは異邦人のための使徒であるので、自分の務めを光栄に思います。14何とかして自分の同胞にねたみを起こさせ、その幾人かでも救いたいのです。15もし彼らの捨てられることが、世界の和解となるならば、彼らが受け入れられることは、死者の中からの命でなくて何でしょう。

29神の賜物と招きとは取り消されないものなのです。30あなたがたは、かつては神に不従順でしたが、今は彼らの不従順によって憐れみを受けています。31それと同じように、彼らも、今はあなたがたが受けた憐れみによって不従順になっていますが、それは、彼ら自身も今憐れみを受けるためなのです。32神はすべての人を不従順の状態に閉じ込められましたが、それは、すべての人を憐れむためだったのです。


✅ 核心

「神の贈り物と招きは決して取り消されない。誰もが不従順を経験するが、それはすべての人が等しく憐れみを受けるための道なのだ。」

 

✅ ポイントと解説

- 「神の選びは取り消されない」——イスラエルの民が一時的に不従順であっても、神が彼らを選んだことは決して無効にならない。誰が何をしても、神の愛と招きは撤回されない。
- 「不従順さえも、憐れみへの道」——異邦人が憐れみを受けたのは、イスラエルの不従順があったから。そして今度は異邦人が受けた憐れみが、イスラエルを憐れみへと導く。誰かの過ちが他の人の恵みのきっかけになり、それがまた戻ってくる——神の摂理は循環する。
- 「すべての人を憐れむため」——神はすべての人を不従順の状態に置かれた。それは人を責めるためではなく、誰もが同じ状況にあることを示し、すべての人を等しく憐れむためだった。

 

🧭 直面と省察

- 「『自分だけが選ばれている』『あの人は見捨てられた』——そう思っていないか?」
- 「自分の不従順や過ちさえも、神は憐れみへと変えてくださる——そのことを信じているか?」
- 「他の人の失敗を見て『自分は違う』と思うのではなく、同じように憐れみを受けた者として接しているか?」

 

💡 AAの原理とメッセージ

- 「恵みは取り消されない」——ステップ2・3」——どれほど失敗し、遠ざかっても、ハイヤーパワーの招きは消えない。何度でも戻ることができる。それが回復の希望そのもの。
- 「誰もが同じ不従順の中にいる」——ステップ1」——アルコール依存症も、その他の過ちも、根本では同じ。誰一人として「自分は正しい」という立場には立てない。私たちは皆、憐れみを必要としている。
- 「他者の回復が自分の恵みになる」——ステップ12」——誰かの失敗が自分の回復のきっかけになり、自分の回復がまた他の人の希望になる。憐れみは循環し、連鎖する。それがAAの共同体の力なのだ。

 

✨ まとめ

「神の招きは決して取り消されない。誰もが不従順を経験するが、それはすべての人が等しく憐れみを受けるため。あなたの過ちも、他の人の過ちも、神の愛の前では同じように許され、生かされるのだ。」


福音朗読

マタイ15・21-28

アレルヤ、アレルヤ。イエスは神の国の福音を告げ知らせ、民の病いをいやされた。アレルヤ、アレルヤ。

マタイによる福音

そのとき、15・21イエスは、ティルスとシドンの地方に行かれた。22すると、この地に生まれたカナンの女が出て来て、「主よ、ダビデの子よ、わたしを憐れんでください。娘が悪霊にひどく苦しめられています」と叫んだ。23しかし、イエスは何もお答えにならなかった。そこで、弟子たちが近寄って来て願った。「この女を追い払ってください。叫びながらついて来ますので。」24イエスは、「わたしは、イスラエルの家の失われた羊のところにしか遣わされていない」とお答えになった。25しかし、女は来て、イエスの前にひれ伏し、「主よ、どうかお助けください」と言った。26イエスが、「子供たちのパンを取って小犬にやってはいけない」とお答えになると、27女は言った。「主よ、ごもっともです。しかし、小犬も主人の食卓から落ちるパン屑はいただくのです。」28そこで、イエスはお答えになった。「婦人よ、あなたの信仰は立派だ。あなたの願いどおりになるように。」そのとき、娘の病気はいやされた。


✅ 核心

「どれほど拒まれても、諦めずにひれ伏し願う信仰は、必ず応えられる。神の恵みは、身分や出自ではなく、その人の心の姿勢に応えられるのだ。」

 

✅ ポイントと解説

- 「最初の沈黙は、信仰を試すため」——女は叫んでも、イエスは最初何も答えなかった。拒絶や沈黙は、神が聞いていないのではなく、本気の信仰かどうかを試されているとき。
- 「『部外者』だからこその謙虚さ」——「イスラエルの家の者だけ」「子供のパンを犬にやるな」——そう言われても、女は怒らず、反論せず、ひれ伏した。「でも屑でもいただけます」——その謙虚さと粘り強さこそが、最大の信仰。
- 「恵みは誰にでも開かれている」——カナンの女は本来「部外者」とされる人だった。だが諦めずに願い続けた彼女の信仰が、「招かれざる者」をも救いの恵みへと導いた。

 

🧭 直面と省察

- 「願いが届かないとき、拒まれたと感じて諦めていないか? それは試されているだけかもしれない」
- 「『自分は選ばれていない』『資格がない』——そう思っても、屑でもいただくという謙虚さがあるか?」
- 「神に願うとき、自分の権利を主張するのではなく、ただ恵みを請う姿勢になっているか?」

 

💡 AAの原理とメッセージ

- 「諦めないことが回復の鍵」——ステップ2・3」——「自分には無理だ」「誰も助けてくれない」——そう思うときこそ、実は信仰が試されているとき。何度拒まれても、資格がないと感じても、ただひれ伏し願い続ける。それがハイヤーパワーへの真の信仰。
- 「謙虚さが扉を開く」——ステップ7」——「私には権利がある」と主張するとき、扉は閉じたまま。「私は何者でもない。でも恵んでください」——その謙虚さこそが、回復への扉を開く鍵。
- 「誰にでも道は開かれている」——AAの伝統」——AAには「資格」も「選ばれた者」もない。どれほど底辺にいても、どれほど「部外者」だと感じていても、諦めずに願い続ける者は、誰でも等しく回復の恵みを受けられる。

 

✨ まとめ

「資格や出自は問題ではない。諦めない謙虚な信仰こそが、どんな扉をも開く。あなたの願いは、その心の姿勢によって必ず応えられるのだ。」


信仰の糧、今日の福音