私の人生ひまつぶしです。
毎日ブログで仲間のみんなと日課の読み合わせています。
心安らかに生きる道
心とは何か?
医学的に言うと、高等動物の体の機能や行動は、全て、無意識的または意識的な「脳指令」に従っている。
○眠りは脳が作るもの
さて、脳が「起きろ」と命令する時、眠気が消えるので全身倦怠感や意欲喪失も消失する。
○動物は動くもの
さて、運動会やハイキングで筋肉を使い、一晩眠ると、翌朝に筋肉痛が起こり、三食して動いていると、夕方に消えている。
○元気と病気は心次第
所で、まわりの状況を心へどの様に受けとめるかは、その人の性格による。
○一日断酒を例会出席して仲間とともに喜び合うのが生きる道
サケも同様。
生きる道は、その一杯に手を出さない事である。
「心の安らぎこそが人間の幸せの本質。脳と心の仕組みを知り、欲を捨て、一日断酒を仲間と共に歩むとき、初めて心安らかに生きる道が開かれる。」
✅ ポイントと解説
- 「心は電気のようなもの——脳という基盤があって初めて働く」——心は目に見えないが、脳の指令によって体と行動に現れる。だからこそ、酒で脳が壊れると心も壊れ、理性と感情のバランスが崩れ、心身を病んでしまう。
- 「眠りは疲れをとるためではなく、脳の指令。安らぎがないと眠れない」——「疲れたから眠る」のではなく、脳が「安全だ、休め」と判断したときに眠れる。不安や心配があると脳は「警戒せよ」と命じ、いくら眠ってもだるさが残る。心の状態こそが体調を決める。
- 「受け止め方一つで、元気にも病気にもなる」——同じ状況でも「有難い」と受け入れれば心は安らぎ、「不満だ」「不安だ」と思えば自律神経が乱れ、胃潰瘍や高血圧など実際の病気になる。「心一つで病気になる」——つまり、心の持ちようでしか安らぎは得られない。
- 「酒は一時の安らぎの代わりに、人生を丸ごと奪う」——酒は胸の荷物を一時的に消し去り、至高の安らぎを与えてくれるように感じる。だがその代償はあまりにも大きい。職も金も家族も健康も——気づけば人生そのものを飲み尽くしてしまう。
- 「どん底からの道は、一日断酒と仲間との共にある」——「いつかきっと」ではなく、「今日一日だけ飲まない」という手の届く目標を持つ。例会に出席し、先輩の姿を見、仲間と共にいるとき、「自分だけじゃない」という希望が灯る。それが安らぎへの道。
- 「欲を捨て、価値観を変える——それが心安らかに生きる道」——酒という「安易な安らぎ」を捨て、「今ここにあるもの」を受け入れ、仲間と共に生きる。「欲を捨てる」とは「酒に頼らない」ということ。そのとき初めて、本当の安心が手に入る。
🧭 直面と省察
- 「私は今、心から安らいでいるか? それとも不満や不安で、脳をいつも『警戒モード』にしていないか?」
- 「酒が『心の安らぎ』を与えてくれる——そう信じていないか。それは一時の幻で、本当の安らぎを遠ざけているのではないか?」
- 「『いつか』ではなく『今日一日』——その目標を持っているか。独りではなく、仲間と共に歩もうとしているか?」
- 「酒という『欲』を捨て、今あるものを受け入れる——その覚悟ができているか?」
💡 AAの原理と響き合うところ
- 「自分の無力を認める」——ステップ1——「飲まないようにする」のではなく、「自分一人ではどうにもならない」と認める。脳の欲求は自分の意志では抑えきれない。だからこそ、方法は「手を出さない」こと。
- 「一日一日を生きる」——「一生断酒する」と考えると重くてつらい。「今日一日だけ」——それだけ。手を伸ばせば届くその目標こそ、回復の始まり。
- 「仲間と共に」——ステップ12のわかちあい——独りで闘うのではない。先輩の姿を見、体験談を聞き、「自分にもできる」という希望をもらう。仲間との絆こそが、心の安らぎを取り戻す最大の支え。
- 「心を変え、価値観を変える」——ステップ4~11——「こうあるべき」「足りない」という心の乱れこそが、酒を求める根源。受け入れ、感謝し、欲を手放す。心の安らぎは、その変化の中にしか生まれない。
✨ まとめ
「酒は心の安らぎに見せかけた幻。それを手放し、一日一日を仲間と共に歩むとき、欲を捨て、価値観が変わり、本当の安心が訪れる。心安らかに生きる道は、今日一日断酒することから始まる。」
「幸せとは、心が安らかであること。それは何かを手に入れるのではなく、余分なものを捨て、今を受け入れることで、初めて訪れる。」
正義と公義を行なうことは、いけにえにまさって主に喜ばれる。(箴言二二3)
✅ 核心 「正しく生き、公正に行うことこそ、どんな捧げ物よりも、神の心に届く。」
✅ ポイントと解説
- 「いけにえよりも『生き方』が先」——贈り物や儀式、捧げ物は、真心が伴わなければ意味がない。神が真に喜ばれるのは、「何を捧げるか」ではなく、「どう生きるか」——正しさと公正さをもって日々を歩むこと。
- 「正義」と「公義」——二つの歩み——「正義」は、だれもが等しく守られるように、誠実に行うこと。「公義」は、自分の利害を離れ、公正に、偏りなく接する心。この二つがそろって、初めて真の「義」となる。
- 「見せかけよりも、実際の行い」——「神に喜ばれたい」と願いながら、日々の暮らしに不正や偏りがあってはならない。あなたの行いそのものが、神へのいけにえであり、賜物なのだ。
🧭 直面と省察
- 「神に祈り、捧げることを熱心にしながら、人に対しては公正さを欠いていないか?」
- 「自分に都合の良いときだけ『正しさ』を語り、自分に不利益なときは公正さを曲げていないか?」
- 「『何かをすること』で神に喜ばれようとする前に、『日々の歩み』を正しく公正にすることを、先にしているか?」
💡 AAの原理とメッセージ
- 「原則を人格より先に」——AAの伝統の核心。「自分の都合や感情よりも、正しさと公正さを優先する」——これがまさに「正義と公義」の精神。
- 「償いと誠実な歩み」——ステップ8・9——過ちを認め、正直に謝し、公正に償う。「何かを捧げて埋め合わせる」のではなく、誠実に生き直すことこそが、最大の「捧げ物」。
- 「見せかけの回復ではなく、真の生き方」——「酒をやめる」こと自体が目的ではない。酒をやめて、正しく、公正に、人に接して生きる。その生き方こそが、神と人に対する真の奉仕。
✨ AAらしさ 「いくら祈り、捧げても、日々の行いが正しく公正でなければ意味がない。正義を行い、公義をもって人に接する。その生き方こそが、神のもっとも喜ばれる捧げ物である。」
🙏 祈り
「主よ、いけにえや捧げ物よりも、正しく公正に生きる心を求めます。日々の歩みの一つひとつが、あなたに喜ばれるものとなりますように。偏りを捨て、誠実に、真心をもって人と接することができますように。アーメン」
「神は、あなたの捧げ物を見ておられるのではない。あなたの生き方を見ておられる。」
昔のエルサレムの神殿は、一日中、ささげられるいけにえの煙でもうもうとしていたのではないでしょうか。しかし旧新約聖書を通して、いけにえについて同じことがいわれているのです。
* サムエルは言いました。「聞き従うことは、いけにえにまさり、耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる」(エサムエル一五22)。
* ミカは言いました。「人よ。何が良いことなのか。 主は何をあなたに求めておられるのか。それは、ただ公義を行ない、誠実を愛し、へりくだってあなたの神とともに歩むことではないか」(ミカ六8)。
* イエス・キリストは言われました。「『わたしはあわれみは好むが、いけにえは好まない。』とはどういう意味か、行って学んで来なさい」(マタイ九13)。
神は、形式だけのいけにえや祭りや行事や祈りを信まれます。神が喜ばれるのは、正義と公義を行うことです。そして、人間が行うべき、いいえ行いうる第一の公義・第一の正義とは何でしょう。
姦淫と殺人の罪を神の前ばかりか、人の前にも言い表して悔い改め、深い神の愛と恵みによって、人生をつくりかえられるような祝福を体験したダビデは、こう神の前にうたいました。「たとい私がささげても、 まことに、あなたはいけにえを喜ばれません。全焼のいけにえを、望まれません。神へのいけにえは、砕かれたたましい。砕かれた、悔いた心。神よ。あなたは、 それをさげすまれません」(詩篇五一10—11)。
悔い改め、その砕かれた心に、まことに正しく、きよいお方を受け入れる。――このことこそ、神がお喜びになる公義・正義の根本的なものではないでしょうか。そこから、神に喜ばれ神を喜ぶ、祝福された豊かな人生が出発するのです。
「神は形式的な捧げ物を求めておられるのではない。心から従い、正義を行い、憐れみを愛し、謙って共に歩むこと。砕かれ悔いた心こそが、神の求めておられるいけにえである。」
✅ ポイントと解説
- 「従うことは、いけにえに勝る」——サムエル——どれほど立派な捧げ物をしても、心が従順でなければ意味がない。神は「何を捧げるか」を見ているのではなく、「あなたが従うかどうか」を見ておられる。
- 「公義を行い、誠実を愛し、謙って神と共に歩む」——ミカ——これが神の求めておられるすべて。難しい儀式や高価な贈り物は不要。ただ、正しく、誠実に、謙虚に生きる——それだけで十分。
- 「憐れみは好むが、いけにえは好まない」——イエス——人に対する憐れみと真心こそが、神の心にかなうもの。形式だけの祈りや行事で、人への思いやりを忘れていないか——それをイエスは問うておられる。
- 「砕かれた悔いた心こそ、真のいけにえ」——ダビデ——罪を認め、悔い、謙虚に神に向かう心。自分の誇りや見栄を捨て、「私は間違っていた」と心から言える——その心こそが、神が決して蔑まれることのない、最も尊い捧げ物。
- 「悔い改めが、すべての出発点」——正しい生き方も、公義も、すべては「砕かれた心」から始まる。自分の過ちを認め、神に向き直るとき、初めて祝福された豊かな人生が始まる。
🧭 直面と省察
- 「神に祈り、捧げ物をし、行事を欠かさない——それでいて、人には憐れみを持っていないのではないか?」
- 「『正しい生き方』を語りながら、自分の心の中に誇りや偏りがないか?」
- 「『悔い改める』とは、『私が間違っていた』と心から認めること。その『砕かれた心』を、私は神に差し出しているか?」
💡 AAの原理とメッセージ
- 「自分の誤りを認める」——ステップ1・4・5の核心——「自分がどれほど間違っていたか」を正直に見つめ、認める。「砕かれた心」とは、自分の弱さと過ちを正直に認める心のこと。これが回復の最初の一歩。
- 「形式よりも誠実な生き方」——AAは「例会に出席すればよい」「ステップを暗唱すればよい」のではない。「正義を行い、誠実を愛し、謙って生きる」——その生き方そのものが、回復の本質。
- 「憐れみをもって人に接する」——ステップ12」——神に憐れまれた者は、人にも憐れみを示す。「憐れみは好むが、いけにえは好まない」——これはAAの精神そのもの。仲間に真心を尽くすことこそが、最大の奉仕。
- 「謙虚に歩む」——ステップ3・11」——「自分一人で正しく生きる」のではない。「神と共に歩む」——謙虚に神に従い、導かれるままに生きる。それがいちばん確かな道。
✨ AAらしさ
「神は立派な捧げ物を求めておられるのではない。ただ、心から悔い、正しく生き、人に憐れみを注ぎ、謙って共に歩むこと。砕かれた心こそが、神の喜ばれる唯一のいけにえである。」
🙏 祈り
「主よ、形式や見栄や立派な言葉を捨てさせてください。ただ心から悔い、正義を行い、憐れみを愛し、謙んであなたと共に歩む者とならせてください。砕かれた悔いた心を、あなたへのいけにえとして差し出します。アーメン」
「あなたの心が、神へのいけにえである。」
「ヤブミョウガ(
花言葉「謙虚が苦しみを和らげる」
「藪茗荷 白々と はや実をかかげ」山西雅子
「藪茗荷 秘すれば花の こぼれつぐ」手塚美佐
「母と子の 渇に水噴け 薮茗荷」北原白秋
- 「藪茗荷 白々と はや実をかかげ」:目立たない藪の中で、早くから白い実を静かにつける。謙虚な姿の中に、確かな実りがあることを示す。
- 「藪茗荷 秘すれば花の こぼれつぐ」:花を隠すように咲かせるヤブミョウガ。秘めた謙虚さの中にこそ、本当の美しさがあふれ出す。
- 「母と子の 渇に水噴け 薮茗荷」:苦しむ人のために自らを差し出すような姿。謙虚な奉仕の心が、渇きと苦しみを潤す。
✅ 直面と省察
- 「目立とうとする自分の誇りが、苦しみを大きくしていないか?」
- 「謙虚になることは弱さではなく、苦しみを和らげる力だと信じているか?」
- 「人のために自らを差し出す——その心を持っているか?」
✅ AAの原理とメッセージ
- 「謙虚さこそが回復の道」——ステップ1・3:自分の力を誇るとき苦しみは増え、自分の無力を認め神に委ねるとき、心は軽くなる。
- 「秘めた誠実さが実を結ぶ」——ステップ10:見せかけの回復ではなく、誰も見ていないところでの誠実な歩みこそが、確かな実りとなる。
- 「人の苦しみを我が事とする」——ステップ12:自分の経験を分け与え、人の渇きを潤す。謙虚な奉仕こそが、自分自身の苦しみも和らげてくれる。
「誇りは苦しみを深め、謙虚さはそれを和らげる。目立たず、誠実に、人のために生きる——それが最も確かな生き方である。」
「クサギ(臭木、常山木)」
花言葉「
「せせらぎは 臭木の花の真下より」柳沢柳枝
「花臭木 滝真向に 真白なり」石田波郷
「常山木の日 霧雨いつか やみしより」飯田蛇笏
- 「せせらぎは 臭木の花の真下より」:目立たないクサギの花の下から、清らかな流れが生まれる。地味な存在の中に、命を潤す力が宿ることの象徴。
- 「花臭木 滝真向に 真白なり」:轟音と水しぶきの中にあっても、清楚な白い花が毅然と咲いている。困難や勢いに飲まれることなく、自分の色を失わない強さ。
- 「常山木の日 霧雨いつか やみしより」:クサギ(常山木)の日、降り続く霧雨もいつかは止む。どんなに長く続く苦しみや曇りの日も、必ず晴れる日が来るという希望。
✅ 直面と省察
- 「苦しみの中にあっても、『いつか止む』と希望を持っているか?」
- 「自分の弱さや地味さの中に、治し運ぶ力があると信じているか?」
- 「流れに飲まれず、自分らしく咲き続けているか?」
✅ AAの原理とメッセージ
- 「癒しは自分の内にある」——ステップ2・3:回復は外から与えられるものではない。自分の中にある力と、神の導きによって、心は少しずつ癒されていく。
- 「運命を受け入れ、変えられるものを変える」——ステップ11・12:苦しみも運命の一部と受け入れつつ、その中で自分にできることを誠実に行う。その先に、思いがけない幸福が待っている。
- 「霧雨はいつか止む」——希望を持って今日を生きる:どれほど暗い日が続いても、永遠に続くものはない。一日一日を大切に歩めば、必ず光明が見えてくる。
「地味な花の中にも、命を癒す力がある。苦しみの霧雨もいつかは止む。希望を持って咲き続けよ。」
断酒誓約
過去の私が酒のために、家族を泣かせ、親戚に迷惑をかけ、友人を欺き、人々を度々苦しめて、社会に害毒を流した事は、酒に罪なく、罪は飲んだ私にある事を認めます。
「断酒誓約」は、単にお酒を止めるという決意に留まらず、自身の人間性を見つめ直し、他者との関係性を再構築するための深い精神修養の指針となっています。
この誓約書の内容を、解説・考察します。
ポイントと解説
この誓約の核は、「酒の問題を人間性の問題として捉え直すこと」にあります。
1. 自己責任の明確化:
「酒に罪なく、罪は飲んだ私にある」という一文は、依存の対象に責任を転嫁せず、主体性を取り戻すための出発点です。
2. 身体的理解:
「頭だけでは断ち切れない」という部分は、理屈ではなく習慣や体感(実践)を通じてのみ克服が可能であるという現実的な視点を示しています。
3. 心の鏡:
自己中心的な生き方によって歪んだ自己認識を「曇った鏡」と表現し、日常の言動を通じてそれを磨き直す(自己を客観視する)プロセスを重視しています。
4. 他者への貢献:
「他者を救うことが自分を救う」という利他的な行動こそが、断酒を継続する最大の動力源になると説いています。
考察と内省
この誓約は、アルコール依存症の回復プログラム(AAの12ステップなど)とも共通する、非常に深い洞察に基づいています。
- 「負の連鎖」の自覚:
過去に家族や友人を傷つけ、社会に害を与えたことを具体的に振り返ることで、現在の自分の立ち位置を厳しく認識しています。
- 「傲慢」から「謙虚」へ:
批判や非難をやめ、挨拶という基本からやり直す姿勢は、断酒を妨げる最大の敵である「怒り・傲慢・孤独」を克服するための精神的な訓練です。
- 内省の重要性:
「心の鏡を磨く」とは、日々の自分の感情や行動を振り返り、過ちがあれば即座に認めるという継続的なセルフモニタリングを意味しています。
問題と解決
現状の課題と、それに対する具体的な処方箋が提示されています。
- 問題1:
意志力の限界:
お酒を止めようと思っても、脳が求める欲求には勝てない。
- 解決:
「ならうよりなれろ」の精神で、考えすぎる前に日常のルーチン(挨拶、善行)を体で実践し、断酒が当たり前の生活リズムを作る。
- 問題2:
人間関係の不和:
過去の裏切りにより、周囲との信頼関係が崩壊している。
- 解決:
積極的な善意の実行と、家族への挨拶から再開する。
言葉ではなく「行動」の継続によってのみ、信頼は回復される。
- 問題3:
孤独と自己嫌悪:
自分さえ良ければいいという孤立した考えが、再飲酒を招く。
- 解決:
仲間(同僚)を批判せず、他者のために動く。コミュニティの中での役割を持つことで、自身の存在価値を再確認する。
この誓約書は、断酒を「我慢」ではなく「新しい自分に生まれ変わるための修行」として定義しています。
今日から始まる具体的な一歩(挨拶や善意)が、あなたの心の鏡を少しずつ輝かせていくはずです。
この誓約を読み返して、今一番「これなら今日からできる」と感じた項目はどれでしょうか?
「仲間」、「仲間意識とは?」
AA(アルコホーリクス・アノニマス)において、「仲間(Fellowship)」や「仲間意識(Unity)」は、単なる仲の良さを超えた、生存と回復に直結する不可欠な要素として定義されています。
AAメンバーがこれらをどのように捉えているのか、その核心をまとめます。 1. 「共通の苦しみ」に基づく連帯感
AAにおける仲間意識の根底には、「アルコールによって人生が破綻した」という共通の絶望的な経験があります。
- 一般社会では理解されにくい「飲まずにはいられない」という衝動や、それによる自己嫌悪を共有しているため、説明しなくても分かり合えるという感覚が強いです。
- メンバーは、お互いを「同じ船に乗っている生存者(サバイバー)」のように感じています。
2. 「一人は万人のため、万人は一人のため」の相互依存
AAの「12の伝統」の第1条には、「私たちの共通の福祉が最優先されるべきである。個人の回復はAAの団結(Unity)にかかっている」と記されています。
- 一人の回復は仲間の支えなしにはありえない:自分一人の意志力では酒をやめられないが、仲間のなかに入ることで初めて断酒が継続できると考えます。
- 仲間のために自分がいる:自分が断酒を続ける姿を見せることが、新しく来た仲間への希望(メッセージ)になります。
3. 「利害関係のない」対等な関係
AAの仲間意識には、上下関係や利害関係がありません。
- 身分の違いがない:社会的な肩書き(医師、社長、労働者など)に関わらず、AAの場では全員が「一人のアルコホーリク」として対等です。
- 匿名性(Anonymity):本名や職業を明かさないことで、外の世界の偏見から守られ、純粋に「酒をやめたい」という目的だけで結びつくことができます。
4. 孤独からの解放
アルコール依存症はしばしば「孤独の病」と呼ばれます。家族や友人からも見捨てられ、社会的に孤立した人々にとって、AAは「ありのままの自分」が受け入れられる唯一の場所になります。
- メンバーは、ミーティングで自分の弱さや失敗を語る(分かち合う)ことで、「自分だけではなかった」という安心感を得ます。これが強固な仲間意識を形成します。
5. 献身的な「12ステップ」の活動
仲間の回復を助けることは、自分自身の断酒を確かなものにするための手段でもあります(これを「12回目のステップ」と呼びます)。
- 見返りを求めず、苦しんでいる仲間のために時間や労力を使うことが、結果として自分を救うことになるという「パラドックス(逆説)的なつながり」がAAの仲間意識の特徴です。
結論として、AAメンバーにとっての「仲間意識」とは、単なる友情ではなく、「同じ地獄を経験した者同士が、共に生き延びるために手を取り合う、命がけの信頼関係」であると言えます。



