私の人生ひまつぶしです。
毎日ブログで仲間のみんなと日課の読み合わせています。
私の英語自習
活動日記です
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Anger-Personal and Group Enemy
"As the book 'Alcoholics Anonymous' puts it, 'Resentment is the Number One offender.' It is a primary cause of relapses into drinking. How well we of A.A. know that for us 'To drink is eventually to go mad or die.'
"Much the same penalty overhangs every A.A. group. Given enough anger, both unity and pur-pose are lost. Given still more 'righteous' indigna-tion, the group can disintegrate; it can actually die. This is why we avoid controversy. This is why we prescribe no punishments for any misbehavior, no matter how grievous. Indeed, no alcoholic can be deprived of his membership for any reason whatever.
"Punishment never heals. Only love can heal."
LETTER, 1966
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怒り――個人とグループの敵
「書籍『アルコール・アノニマス』が述べているように、『恨み(レゼントメント)は、ナンバーワンの加害者』です。それは、飲酒への再発(スリップ)を引き起こす主要な原因となります。私たちAAメンバーは、『飲むことは、最終的には気が狂うか死ぬかである』ということを実によく知っています。」
「それとほぼ同じ罰が、すべてのAAグループの上にも垂れ下がっています。怒りが蔓延すれば、団結(ユニティ)も目的も失われます。さらには『正義の』憤りが加われば、グループは崩壊し、実際に死に絶えることさえあるのです。だからこそ、私たちは論争を避けます。だからこそ、たとえどんなに重大な不始末に対しても、いかなる処罰も規定しないのです。いかなる理由があろうとも、アルコホーリクからメンバーシップ(会員資格)を奪うことはできません。」
「処罰が癒やしをもたらすことは決してありません。ただ、愛だけが癒やすことができるのです。」
(1966年の書簡より)
ポイントと解説
ポイント:
「正しい怒り(正義の憤り)」こそが、個人とグループを滅ぼす最大の毒である。
- 解説:
依存症者にとって、怒りや恨みは単なる不快な感情ではなく、再発に直結する「致命的な病状」です。
特に「自分は正しい、相手が間違っている」という「正義の憤り(righteous indignation)」は、自分を正当化させ、謙虚さを失わせるため、最も危険視されています。
これは個人だけでなくグループ全体にも当てはまり、誰かを裁いたり罰したりする「排除の論理」が働くと、グループの生命線である「愛と団結」が失われてしまいます。
考察と内省
考察:
「処罰」ではなく
「愛」を選ぶという勇気
AAの原則では、どんなに問題を起こすメンバーであっても排除しないという「無条件の受け入れ」を説いています。これは、ルールで縛るよりも、愛と寛容の中に身を置くことの方が、結果として人の心を回復(癒やし)に向かわせるという深い洞察に基づいています。
内省のための問い:
- 今、私の心の中に「正当な理由があるから怒ってもいい」と思っている対象(人、組織、出来事)はないか?
- その「正義の怒り」は、私を自由にしてくれるだろうか、それとも再び「心の牢獄」に閉じ込めていないか?
- 不完全な他者やグループの欠点を、処罰したいという衝動ではなく、愛をもって見守ることができるだろうか?
問題と解決
問題:論争と処罰による崩壊
- 現状:
誰かの間違いを正そうとして論争したり、ルールを破った者を罰したりしようとすると、グループ内の「安心感」が消え、対立が生まれる。
- リスク:
怒りによって団結が壊れると、そこはもはや回復の場ではなくなり、結果として多くのメンバーが「飲酒(死)」へと追いやられる。
解決:論争の回避と無条件の愛
- 対策:
議論で相手を言い負かすことをやめ、論争を避けること。そして、どんな過ちに対しても処罰という手段を使わないこと。
- 行動:
「罰は癒やさない」という事実を認め、どれほど困難な相手に対しても、愛と寛容(Love and Tolerance)を持って接する努力を続けること。
「正義の憤り(自分は正しいという怒り)」を、今の生活の中で手放す必要があると感じる場面はありますか?
このテキストは、AAの共同創設者ビル・Wが1966年に書いた手紙の一節で、個人の回復とグループの存続の両方において、「怒り」と「恨み(憤慨)」がいかに致命的な毒となるかを説いています。
ご質問の項目に沿って整理します。
1. ポイントと解説
ポイント:
怒り(恨み)は、個人を再飲酒(死)に追い込み、グループを崩壊(死)させる最大の敵である。
- 解説:
AAの基本テキスト(ビッグブック)でも「恨み(Resentment)はナンバーワンの加害者」とされています。
個人にとって怒りは再飲酒の引き金となり、その結末は「発狂か死」です。同様に、グループにとっても怒りや「正義の憤り(righteous indignation)」は、団結と目的を奪い、グループそのものを消滅させます。だからこそ、AAは論争を避け、いかなる過失に対しても「罰」を与えないという徹底した寛容の姿勢を取ります。
2. 考察と内省
考察:
「正義の憤り」という最も危険な罠
単なる怒りよりも、自分が正しいと信じ込む「正義の憤り」の方が、グループを壊す力は強大です。「あいつは間違っている」「あいつを罰すべきだ」という正義感は、愛と癒しの場を、裁きと対立の場に変えてしまいます。このテキストは、回復の鍵が「正しさ」ではなく「愛と癒し」にあることを示唆しています。
内省のための問い:
- 今、私の中に「正当な理由がある」と思い込んでいる怒りや恨みはないか?
- 誰かを「裁きたい」「罰したい」という気持ちが、自分の平安やグループの団結を脅かしていないか?
- 「罰は決して癒さない」という言葉を、自分自身や周囲の仲間に対して実践できているか?
3. 問題と解決
問題:怒りによる
「個人と共同体の死」
- 現状:
個人の恨みは再飲酒を招く。グループ内の論争や批判は、新しく来る仲間を救うための「団結」を破壊する。
- 罠:
重大な過失に対して「罰」を与えようとすること。これは一見正義に見えるが、実は回復の原理に反している。
解決:
論争の回避と「罰のない愛」の徹底
- 対策:
どんなに重大な過失があっても、メンバーシップ(仲間である権利)を奪わない。規律よりも「愛」を優先すること。
- 行動:
論争を避け、他人の過ちを裁くエネルギーを、自分自身の棚卸し(自己省察)と他者への愛に向けること。
「罰ではなく、愛のみが癒す」という原則を信じることです。
「罰は決して癒さない。愛だけが癒すことができる」という言葉は、現在のあなたの人間関係や、所属しているコミュニティにおいて、どのように活かせると思われますか?
教えてグーグル先生
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怒り―個人とグループの敵
「アルコホーリクス・アノニマス」に書かれているように、「第一の犯人は恨み」です。それが再飲酒の第一の原因なのです。AAにいる私たちほど、「飲めば、結局、発狂するか死に至る」ことを熟知している人間はいません。どのようなAAグループにも、同じような罰は降りかかります。怒りが大きくなれば、一体性も目的も失われてしまいます。まして「正当な」憤りとなると、グループは崩壊し、本当に死んでしまいます。 私たちが論争を避けるのはそのためなのです。その行いがどのように間違っていようと、どんなにひどいものであっても何の処罰も定めないのはこのためです。実際、たとえどんな理由があろうとも、アルコホーリクがAAのメンバーになる権利を奪われることはありません。処詞は何も癒しません。癒すことができるのは愛だけなのです。ビルの手紙1966年
このテキストは、AA(アルコホーリクス・アノニマス)の共同創設者ビル・Wが1966年に記した、「怒りと恨み」が個人と共同体に及ぼす致命的な影響についての深い洞察です。 日本語のテキストに基づき、各項目を整理します。
1. ポイントと解説
ポイント:
恨み(怒り)は再飲酒の最大の引き金であり、グループを崩壊させる「第一の犯人」である。
- 解説:
依存症者にとって、怒りや恨みは単なる感情の問題ではなく、命に関わる「毒」です。
個人が恨みを抱けば、それは「発狂か死」を招く再飲酒へとつながります。
同様に、グループ内に「あいつが悪い」「正義は自分にある」という「正当な憤り」が蔓延すれば、仲間同士の団結(一体性)が失われ、グループそのものが死に絶えてしまいます。
AAに処罰の規定がないのは、「裁き(罰)」は何も解決せず、「愛」だけが人を回復させ、場を維持できると知っているからです。
2. 考察と内省
考察:
「正しい怒り」という最も危険な毒私たちは、自分が「正しい」と思っている時の怒り(正当な憤り)を、つい正当化してしまいます。
しかし、このテキストは「たとえ相手がどんなに間違っていても、その怒りが自分と仲間を滅ぼす」と警告しています。
回復の場において重要なのは、「誰が正しいか(裁き)」ではなく、「どうすれば共に生き延びられるか(愛)」という優先順位の転換です。
内省のための問い:
- 今、私の中に「これだけは怒っても当然だ」と握りしめている「正当な恨み」はないか?
- 誰かの間違いを正そうとするあまり、相手を排除したり、自分の心の平安を失ったりしていないか?
- 「罰」ではなく「愛」で接するという難しい選択を、今日一日のなかで誰かに対して実践できるだろうか?
3. 問題と解決
問題:
怒りによる「一体性の喪失」と「再飲酒」
- 現状:
恨みを抱え続けることは、心のなかにアルコール(死)を招き入れる準備をしているのと同じである。
- 罠:
グループ内で論争が起きると、本来の目的(苦しんでいる人を助けること)が忘れ去られ、互いを攻撃し合う場に変貌してしまう。
解決:
論争の回避と「無条件の受け入れ」 - 対策: どんなにひどい行動をとるメンバーがいても、その権利(メンバーシップ)を奪わない。「罰しない」という勇気を持つこと。
- 行動:
相手を変えようとする(裁く)のではなく、自分の中にある怒り(第一の犯人)を棚卸しし、手放すこと。
論争を避け、愛と寛容を第一に置くことで、個人もグループも「死」から免れることができます。
「処罰は何も癒しません。癒すことができるのは愛だけなのです」という言葉を聞いて、あなたが今、誰か(あるいは自分自身)に対して「許し」や「愛」が必要だと感じる場面はありますか?
分かちあい
ありがとう
ございました


