私の祈りと歩み・デポーション | 私の居場所と今日一日。

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私の人生は死ぬまでのひまつぶし、とかってのブログに書きました。その後に私が見つけた日常の記録です。感情障害や無呼吸症候群、脳脊髄液減少症、アルコール依存症他の病を患っていますが、ブログで健康とヘルスケアを整えたいですね。

 

私の人生ひまつぶしです。

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神にゆだねて





1月30日 

夜は更け、日は近づいた。だから、闇の行いを脱ぎ捨てて光の武具を身に着けましょう。

ローマの信徒への手紙 一三章一二節 


ポイント


 - 核心的メッセージ:夜(闇)が深まる一方で日(光)が近づいているため、闇に属する行いを捨て、光の生き方をするよう勧める。


 - 比喩の意味:「夜」や「闇」は悪や罪、迷いの状態を、「日」や「光」は善や救い、真理に基づく生き方を表す。 


- 行動の指示:単に悪を避けるだけでなく、能動的に「光の武具」を身に着けることが求められる。


 解説 


 この一節は『ローマの信徒への手紙』の中で、キリスト教の教えに基づき信徒に生き方を説く内容の一つです。


「夜は更け、日は近づいた」は、終末的な救いの到来が近いことを示すとともに、個人の心の変化のタイミングを表す比喩でもあります。


「闇の行いを脱ぎ捨てる」とは、自己中心的な考えや罪に染まった行動を断ち切ることを意味し、「光の武具を身に着ける」は、愛、信仰、希望などの価値観に基づいて生きることを指します。


前文で述べた嗜癖の克服や内的平安の追求と結びつけると、過去の苦しみや誤った生き方(闇)から脱却し、新たな生き方(光)を歩む決意を促す言葉としても解釈できます。 


 考察と内省


 この言葉は、暗い状況にあっても希望が近づいていることを伝え、積極的な変化を促しています。


前文での内容と関連させると、飲酒に明け暮れる孤独な生活(闇)から、AAの仲間意識や神との関わりを通じた生き方(光)へと変わる過程にも当てはまります。


「闇の行いを脱ぎ捨てる」ことは容易ではないですが、「日が近づいている」という希望を持つことで、変化への力が生まれるのではないでしょうか。


また、「光の武具を身に着ける」とは、ただ良いことをするのではなく、内面的な支えを持ち続けることを意味するため、黙想や祈りといった内的生活の充実が重要になります。 


 内省としては、自分の中に「闇」として残っているものはないか、例えば過去の過ちにとらわれたり、人を疑ったりする心などがないかを振り返ってみることが有益です。


また、「光の武具」として自分が身に着けるべきものは何か、例えば思いやりの心や誠実さなどを考えることで、より積極的な生き方につなげられるでしょう。 


 あなたが「闇から光へ」という変化を目指すとき、どのようなことを「光の武具」として大切にしていますか?


 キリストの招きを聞くことはなぜそれほど難しいのでしょうか。まるで耳が聞こえないか、死んでいるようにキリストの声が聞こえません。彼の声が、あたかも、石の壁のように跳ね返るのです。しかし、キリストは私たちの無頓着に浸透することができます。死に瀕している時でさえ、御子の声が、神は私たちと共にいると呼んでいるのを聞くことができるのです。たとえ私たちが、キリストに鈍感になったり、感覚がなくなったりしても、彼は手掛りを発見してくれます。聖パウロは私たちに引き延ばされる時間はないということを気づかせます。彼は次のように言っています。 

 「更に、あなたがたは今がどんな時であるかを知っています。 あなたがたが眠りから覚めるべき時が既に来ています。今や、 わたしたちが信仰に入ったころよりも、救いは近づいているからです。夜は更け、日は近づいた。だから、間の行いを脱ぎ捨てて光の武具を身に着けましょう。」(ローマ一三・11~11)

私たちは知らないのですか、気づかないのですか。私たちは

生きて目覚めている必要があることはわかっています。あまりにも長い間眠り過ぎたことを知っています。キリストは私たちが経験しているどのような死も取り消す用意があります。彼は私たちが無遊病者であることを望まず、私たちの自由と新しい命だけを望んでいます。しかしこの命を私たちは選択できるのです。キリストが私たちを揺り動かすのと同じように、私たちは聞き、自分自身で目覚めなければならないのです。


ポイント


 - 招きが聞こえにくい理由:耳が聞こえないかのように鈍感になり、声が石の壁のように跳ね返るが、キリストは無頓着にも浸透し、死に瀕した時でも声が聞こえる。


 - 時間の喫緊性:


聖パウロは「引き延ばす時間はない」と警え、救いが近づき「眠りから覚めるべき時」が来ていると説く(ローマ13:11~12を引用)。 


- キリストの用意:


あらゆる死を取り消し、無為ではなく自由と新しい命を望んでいるが、その命は私たち自身が選択し、聞いて目覚める必要がある。


 解説 


 この文章は、キリストの招きが聞こえにくい状況とその背景、さらに選択の重要性を説いています。


「鈍感になる」「感覚がなくなる」とは、日常の煩わしさや過去の苦しみ(前文の飲酒や孤独など)にとらわれ、内面の声に耳を傾けられない状態を指します。


一方で、キリストの声はどんなに閉ざされた心でも届く可能性を持ち、特に極限状況では明確に聞こえると述べています。


聖パウロの言葉を引用することで、「今こそ行動すべき時」であることを強調し、キリストが救いを用意していても、最終的には自分自身で「目覚める」「命を選ぶ」ことが不可欠だと伝えています。


 考察と内省 


 キリストの招きが聞こえにくいのは、現代社会においても同様で、情報の洪水や日常のストレスによって内面が埋もれ、本当に大切なものに気づけないことが多いです。


前文での嗜癖克服や内的生活の充実と結びつけると、過去の生き方に慣れてしまうことで「眠った状態」が続き、変化の機会を見逃しがちになります。


しかし、文章にあるように「救いは近づいている」という希望を持ち、自分自身で選択し目覚める意志があれば、新しい生き方へと踏み出せるのではないでしょうか。 


 内省としては、自分が「眠った状態」にある部分はないか、例えば当たり前に過ごしている生活の中に、本当の自分が求めるものとは異なる習慣や考えがないかを振り返ってみることが大切です。


また、「目覚める」ためにはどんな行動が必要か、例えば黙想の時間を持つことや、大切な人との対話を深めることなどを考えることで、具体的な変化への道筋が見えてくるでしょう。 


 あなたが「内面の声に耳を傾け、目覚める」ためには、どのような工夫が必要だと感じますか?


 私の気づきを高め、気づきを増してください、主よ、そうすれば私は聞き、目覚めることができ、あなたにあって生きられます。アーメン 


ポイント


 - 祈りの内容:主に対し、自身の「気づきを高め・増やす」ことを願い、それによって神の声を聞き、目覚めて神にあって生きることを求める。 


- 祈りの背景:前文で述べられた「キリストの招きが聞こえにくい状況」「目覚める必要性」を踏まえ、自らの力だけでは不十分なため、神の助けを仰ぐ想いが込められている。 


 解説 


 この祈りは、「自分自身で目覚める意志があっても、その力を与えてくれるのは神である」という認識に基づいています。


前文で強調された「選択の重要性」と並んで、「神の働きによって気づきが生まれる」ことを信じている点が特徴です。


「気づきを高めてください」とは、日常の中で見過ごしがちな神の働きや自分自身の状態に気づく力を求めることであり、それによって「聞き、目覚める」ことが可能になり、最終的に「神にあって生きる」


つまり神の教えに従い、平安と喜びを持って生きることを目指しています。 


 考察と内省 


 この祈りは、自己啓発的な努力だけでは限界があることを認め、超越的な力に助けを求める姿勢を示しています。


前文での内容と結びつけると、嗜癖の克服や人間関係の改善など、自分自身で変えようとしても難しい課題に取り組む際には、このような謙虚な姿勢が重要になります。


また、「気づき」とは単に知識として理解することではなく、心から受け入れて行動に移せるようになることを意味するため、神の助けを借りながら徐々に深めていくものだと言えます。 


 内省としては、自分が何かを変えようとするとき、「自分だけで全てを解決しようとせず、周囲の助けや何か大きな力に頼ることができているか」を振り返ってみることが有益です。


また、「神にあって生きる」とはどのような状態かを考えたとき、それが宗教的な形式だけでなく、愛や思いやり、誠実さといった価値観に基づいて生きることを指すのではないでしょうか。 


 あなたが何かを変えるために「気づき」を求めるとき、どのような方法でその気づきを得ようとしていますか?



序文 


 「神にゆだねて」はこれから長い間多くの人々に読まれるでしょう。本書は日々の祈祷書といわれる本に欠けているものを満たす本です。


最近の(アルコール依存症の会の信条に基づいて)十ニステッププログラムから突然生まれたこの本は、いままでと違うスピリチュアルなアプローチで多くのクリスチャンに嗜癖や依存症からの回復をもたらしています。このような回復した人々はとても神に感謝しています。


 十ニステップにかかわる多くの日々の祈祷書はイエス・キリストや具体的な聖書の個所に言及することをずっと避けています。このことは回復の明らかな問題について、キリストによって教え育てられることがないことを意味しています。


 しかし「神にゆだねて」の中で作者のフィリップ・パーハムは回復の明らかな問題について、キリストによで癒され、育てられると書いています。慎重によく準備された良いキリスト教の日々の祈祷書です。十二ステッブにかかわる困難なスピリチュアルな問題を具体的に、時には心に強く訴えるように書いています。


 本書は回復中のクリスチャンに役に立ちますし、イエス・キリストに顕されている高い力を受け入れる十二ステップに属するノンクリスチャンにも助けになります。個人的にもフィルが本書を書いてくれたことに感謝しています。そして本書を神の意志を一日に一度見いだし、実践しようとしている他の人々にも推薦します。 


 キース・ミラー 

 テキサス州オースティン



この序文のポイントと解説は以下の通りです。


 主なポイント


 1. 本書「神にゆだねて」の意義


 今後長く多くの人に読まれ、既存の日々の祈祷書の「欠けているもの」を満たす価値のある本で、アルコール依存症の会の十二ステッププログラムを基に生まれ、嗜癖・依存症からの回復に新しい霊的アプローチを提供している。


 2. 既存の十二ステップ関連祈祷書の課題 


イエス・キリストや具体的な聖書の個所への言及を避ける傾向があり、回復の問題についてキリストによる教えや育てが得られない点。


 3. 本書の特徴 


作者フィリップ・パーハムが「キリストによって癒され、育てられる」という視点から回復の問題に取り組み、慎重に準備された良質なキリスト教の日々の祈祷書。


十二ステップの困難な霊的問題を具体的かつ心に訴えるように書かれている。 


4. 対象読者


 回復中のクリスチャンだけでなく、イエスによる「高い力」を受け入れる十二ステップのノンクリスチャンにも助けとなり、「一日に一度神の意志を見つけ実践する」人々に推薦される。


 解説 


 - 「欠けているもの」とは:


既存の祈祷書が「高い力」を抽象的に扱うのに対し、本書が「イエス・キリスト」や「聖書」という具体的なキリスト教の根拠に基づいて回復を語る点で、クリスチャンにとって必要だった「具体性と霊的な根拠」を補っていると考えられます。


 - 十二ステップとキリスト教の融合:


十二ステッププログラムは当初から「高い力」への依存を提唱していますが、本書はその「高い力」を明確にイエス・キリストと結びつけることで、クリスチャンの回復者に親和的で、かつノンクリスチャンにも「高い力」の具体的な姿を示すというバランスを取っています。


 - 序文の立場:


執筆者キース・ミラーは個人の感謝の意を込めて推薦しており、本書が「日常的な神の意志の実践」にも役立つことを強調することで、依存症回復だけでなく広く霊的な成長を目指す人々への訴求力も示しています。


 この本の「キリストによる癒し」と十二ステップが融合された内容に、今後の回復や霊的な成長のために興味を持たれますか?