ポイント
- 核心内容:神の平和は人知を超え、キリスト・イエスを通して人の心と考えを守ってくれる。
- 出典:新約聖書『パウロのフィリピの信徒への手紙』4章7節で、困難な状況の中でも信仰によって平安を得られることを伝える言葉。
解説
この節は、フィリピの信徒たちが苦しみや試練に直面していた時にパウロが送ったメッセージです。
「人知を超える神の平和」とは、世の中の常識や論理では説明できないほどの穏やかさと安心感を指し、この平和がキリスト・イエスを通じて心と思考全体を守り、混乱や不安から守ってくれることを示しています。
文脈上、前節で「思いやりのあること、清らかなこと、誉められることなどに心を向けなさい」と説かれており、そうすることで神の平和が訪れることが強調されています。
考察
この言葉は、宗教的な意味合いだけでなく、「心を肯定的なものに向けることで、深い安らぎを得られる」という普遍的な教えを含んでいます。
AAの回復プログラムでも「スピリチュアルな実践を通して心の平和を得る」ことが重視されており、「人知を超える平和」は依存症からの回復者が得られる心の安らぎとも通じるものがあります。
現代社会では情報が溢れ、心が混乱しやすい中で、このような根源的な平和を求める視点は大切な示唆となります。
内省
この節を読むと、「頭で考えるだけでは得られない心の安らぎがある」と実感します。
かつて不安で心が落ち着かない時は、どんなに理屈で納得しようとしてもうまくいかなかったのですが、心を清らかなものや他者への思いやりに向けることで、不思議と穏やかな気持ちになれるようになりました。
「神の平和が守ってくれる」という言葉には、自分だけではコントロールできない力に身を委ねることで得られる安心感が込められているように思います。
あなたは「人知を超えるような心の平和を得た経験はありますか?」
たいていの人は三歳の子供が癇癪を起こしているのを見たことがあります。なだめすかすやさしい言葉も子供の耳には入りません。子供に大声をあげたり、叫んだりしても、効果がありません。時には何をしても役に立ちません。このような癇癪は多くは助けを求める叫びです。誰かに代わってもらいたいのです。時には対処できないほどひどい状況に圧倒され、葛藤が起こり逆上しています。私たちも驚いた欲求不満の子供たちのように、振る舞うことがあります。人生はしばしば大変で、扱いきれません。私たちは、あえぎ、怒って叫びます。「どうぞお願いですから、誰かきて、この結末を私から取り去ってください。私にとって、それは大き過ぎます」
私たちが夢中になって叫んだり、言ったりしている間に、私たちは立ち直り、私たちの身のほどを知らされます(まだ、もがき、不平を言っていますが)。子供にとっては、ふつう、揚りかごや歌、あるいは慰める力強い腕が立ち直る場所です。
私たちにとっては、会合、スポンサー、治療センター、キリストの腕なのです。泣き叫ぶ子供のように、私たちに代わって感藤を取り除いてくれる人や物を請い願っているのかもしれません。それが、私たちのプログラムやキリストへの信仰と強い力が入ってくるところなのです。安心していられる場所です。
もし、私たちの必要を神にゆだね、神が代わって行ってくださるとき、
「あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。」(フィリピ四・七)私たちが神を父として認め、「私の意志がなされるように」ではなく、「あなたの意志が行われるように」と祈るとき、 私たちは最終的に安全と感じ、安心し、平安になるのです。
ポイント
- 核心比喩:人が圧倒的な困難に直面した時の様子を「癇癪を起こす三歳の子供」に例え、それは「助けを求める叫び」であることを示す。
- 立ち直りの場:子供が揺りかごや慰めの腕で落ち着くように、私たちはAAの会合・スポンサー、治療センター、信仰などで支えられる。
- 結びつき:困難を神に委ね、「神の意志を行え」と祈ることで、フィリピ四・七にある「人知を超える神の平和」を得られる。
解説
この文章は、困難な状況下での人の心理を子供の癇癪に例え、助けを求めることの意義と、外部の支えや信仰がもたらす安らぎを説いています。
人生の問題が扱いきれないほど大きい時、私たちは感情を爆発させることがありますが、それは「一人で抱えきれない」というシグナルです。
子供が大人の支えで落ち着くように、私たちは共同体や信仰といった「安心できる場所」で支えを得ることができ、特に神に意志を委ねることで根源的な平和を得られることを、聖書の節と結びつけて伝えています。
考察
この内容は、AAの回復プログラムで重視される「自分一人では対処できないことを認め、外部の力や共同体に頼ることの重要性」を分かりやすく表現しています。
現代社会では「一人で全てを抱えるべき」という風潮がありますが、文章は「弱さを見せ、助けを求めることが強さにつながる」ことを示唆しています。
また「神の意志を行え」という祈りは、自己中心的な考えを捨て、より大きな視点で物事を捉えることで心の平穏を得ることを意味します。
内省
読むと、「かつては困難な時に感情を抑えようと必死だったけれど、あえて叫び、助けを求めることで本当に落ち着けるようになった」と実感します。
例えばアルコールに戻りそうな危機的状況の時、「自分で何とかしなければ」と思い込んで苦しんでいましたが、スポンサーに電話をかけて叫ぶように話したとき、不思議と気持ちが楽になりました。
「神の腕」や「プログラム」が、まさに子供の時の揺りかごのように、心を落ち着かせてくれるのだと思います。
あなたは「困難な時に助けを求めることで、心が落ち着いた経験はありますか?」
キリストなる主よ、すべてのことを理解しようとしたり、コントロールしたりすべきでないことを知るために、葛藤の中にいる私を助けてください。私をあがない、私をその場に置いてください。 そこで静かにあなたの強い腕の中にゆだねることができますように。アーメン
解説
この祈りは、「理解やコントロールしようとする自分を見つめ、葛藤から解放されて神に委ねること」を願う内容です。
アルコール依存症回復者などが直面しやすい「自分で全てを把握し、操ろうとする執着」に対し、キリストに助けを求め、罪や苦しみを赦してもらいながら、その場に留まり静かに神の支えに身を委ねることを願っています。
考察
この祈りには、AAの理念でも重視される「謙虚さ」と「自分より大きな力への委ね」が込められています。
人はつい「状況をコントロールしなければ安心できない」と思い込みがちですが、この祈りは「理解できないことやコントロールできないことがあっても大丈夫だ」という安心感を求めるものです。
特に「その場に置いてください」という言葉には、焦って動くのではなく、今ここで静かに神に委ねることの重要性が表れています。
内省
この祈りを読むと、「自分がいつも理解しよう、コントロールしようとして疲れていること」に気づかされます。
かつては分からないことがあると不安で仕方なく、無理に理由を探ったり状況を操ろうとしたりしていましたが、「静かに強い腕の中に委ねる」という言葉に、心がすごく落ち着きます。
祈りを捧げることで、「自分一人で背負う必要はない」という実感が湧いてくるのだと思います。
序文
「神にゆだねて」はこれから長い間多くの人々に読まれるでしょう。本書は日々の祈祷書といわれる本に欠けているものを満たす本です。
最近の(アルコール依存症の会の信条に基づいて)十ニステッププログラムから突然生まれたこの本は、いままでと違うスピリチュアルなアプローチで多くのクリスチャンに嗜癖や依存症からの回復をもたらしています。このような回復した人々はとても神に感謝しています。
十ニステップにかかわる多くの日々の祈祷書はイエス・キリストや具体的な聖書の個所に言及することをずっと避けています。このことは回復の明らかな問題について、キリストによって教え育てられることがないことを意味しています。
しかし「神にゆだねて」の中で作者のフィリップ・パーハムは回復の明らかな問題について、キリストによで癒され、育てられると書いています。慎重によく準備された良いキリスト教の日々の祈祷書です。十二ステッブにかかわる困難なスピリチュアルな問題を具体的に、時には心に強く訴えるように書いています。
本書は回復中のクリスチャンに役に立ちますし、イエス・キリストに顕されている高い力を受け入れる十二ステップに属するノンクリスチャンにも助けになります。個人的にもフィルが本書を書いてくれたことに感謝しています。そして本書を神の意志を一日に一度見いだし、実践しようとしている他の人々にも推薦します。
キース・ミラー
テキサス州オースティン
この序文のポイントと解説は以下の通りです。
主なポイント
1. 本書「神にゆだねて」の意義
今後長く多くの人に読まれ、既存の日々の祈祷書の「欠けているもの」を満たす価値のある本で、アルコール依存症の会の十二ステッププログラムを基に生まれ、嗜癖・依存症からの回復に新しい霊的アプローチを提供している。
2. 既存の十二ステップ関連祈祷書の課題
イエス・キリストや具体的な聖書の個所への言及を避ける傾向があり、回復の問題についてキリストによる教えや育てが得られない点。
3. 本書の特徴
作者フィリップ・パーハムが「キリストによって癒され、育てられる」という視点から回復の問題に取り組み、慎重に準備された良質なキリスト教の日々の祈祷書。
十二ステップの困難な霊的問題を具体的かつ心に訴えるように書かれている。
4. 対象読者
回復中のクリスチャンだけでなく、イエスによる「高い力」を受け入れる十二ステップのノンクリスチャンにも助けとなり、「一日に一度神の意志を見つけ実践する」人々に推薦される。
解説
- 「欠けているもの」とは:
既存の祈祷書が「高い力」を抽象的に扱うのに対し、本書が「イエス・キリスト」や「聖書」という具体的なキリスト教の根拠に基づいて回復を語る点で、クリスチャンにとって必要だった「具体性と霊的な根拠」を補っていると考えられます。
- 十二ステップとキリスト教の融合:
十二ステッププログラムは当初から「高い力」への依存を提唱していますが、本書はその「高い力」を明確にイエス・キリストと結びつけることで、クリスチャンの回復者に親和的で、かつノンクリスチャンにも「高い力」の具体的な姿を示すというバランスを取っています。
- 序文の立場:
執筆者キース・ミラーは個人の感謝の意を込めて推薦しており、本書が「日常的な神の意志の実践」にも役立つことを強調することで、依存症回復だけでなく広く霊的な成長を目指す人々への訴求力も示しています。
この本の「キリストによる癒し」と十二ステップが融合された内容に、今後の回復や霊的な成長のために興味を持たれますか?

