傲慢でエゴイズムに満ち溢れたプロレス列伝! 今日で締めよう。
4という数字も嫌いではない。
”ウケ”狙いは考えず、素直に書きます。
プロレス列伝(1) ⇒ ココ
プロレス列伝(2) ⇒ ココ
プロレス列伝(3) ⇒ ココ
* テリー・ファンク氏(弟)
* ドリー・ファンク・ジュニア氏(兄)
兄弟のため、一緒に記載。
当時入場券は一番安い2階席を購入し、セミファイナルあたりから
1~2階の通行が自由になる。
そうしたら空いているリングサイド席に移動するのが通例であった。
同兄弟がタッグを組むときは、リングに入場後、観客にコインを投げ
ファンサービスを行っていた。
リングサイドに居たのに拾いそこねた。
思わず終戦時の言葉 「ギブ・ミー・チョコレート!」 と言いそうになった。
兄弟とも 「スピニングトーホールド」 を得意技としていたが、私はあの技を
10分かけられても平気だ! と思った。
* ドス・カラス氏(弟)
* ミル・マスカラス氏(兄)
兄弟のため、一緒に記載。
”マスクマン”では最もネームバリューある兄弟。
兄、ミル・マスカラス ”千の顔を持つ男”
ミルフィーユ(千枚の葉)というケーキのミルである。 (知ったかぶり。)
入場曲の「スカイハイ」にしろ、派手さでは負ける! と思った。
* ドン・フライ氏
パンチ多用のレスラー。というより格闘家。
そんなにパンチを多用するならボクサーになれば良いと思った。
* ハリー・レイス氏
レスラー紹介の際は常に 「ハンサム・ハリー・レイス」 と紹介されていた。
米国では、このような顔がハンサム扱いされるのか? と疑問があった。
* 藤原 善明氏
カール・ゴッチ仕込の「間接技の鬼」
サスケ氏同様、郷土出身レスラーに失礼があってはならない。
レスラーとしてのコメントは差し控えたいと思いますが、
近年大病を患いながらも、回復されたとのこと。
ご自愛の程を。
* ブルーザー・ブロディ氏
チェーンを振り回し、センセーショナルな入場!
3Dのアバターより迫力があった。
T・J・シンのサーベルは危ないから取り上げようとしたが、同氏から
チェーンを取り上げる考えはなかった。
なぜなら、群雄割拠の米国マット界において、どのようにして名を上げようか?
考えた同氏は、名を知ってもらうのは難しい。
それなら、チェーンを振り回す”あのレスラー”でも良いじゃないか?
ということでチェーンを使い始めた経緯を知っていたからだ。
さすが元新聞記者。 着眼力が違う! と思った。
なお、ヒール(悪役)でレスラーになりたい!と思っていた私は
彼ら以上のセンセーショナルな入場をしなければならない。
高校の時、寝る前に考え4分後に思いついた。
「そうだ! 家の手伝いで使っている ”草刈機械” を使おう!」
刃は外すか、ゴム製にして、エンジンをかけた ”草刈機械” を振り回し
入場すれば、4秒で会場を震撼させることが出来る!と思った。
訃報に接したときは驚きと悲しみだった。
私は元来、悲しみは胸の奥底にしまい込むタイプだったが、このときは
悲しみが胸につかえた。
「 悲しみを 胸の奥底に しまい込むことが 出来たのは
”心の筋肉” も 強靭だったからだと思う。 」 by カトマンズ
* ラッシャー木村氏
近くで見た額(ひたい)のキズは凄かった。
以上
もっと大勢のレスラー、大物レスラーもいます。
割愛した理由は変人(私)として、それなりにあります。
一例:前○ 日○氏
セメント(真剣勝負)マッチを望み試合が成立しなかったり、長○氏をマジ蹴りし、
眼底骨折させたりと、私の標榜するプロレスと少し違っていた。 等々
(1)~(4)を全て読まれた方は、私の少年時代は「生意気なツッパリ&変人」
だったと思われるかも知れません。
自己弁護させて下さい。
ツッパリ(虚勢を張った不良)ではなかった。
並みのレスラーより、私の方が強い!と、まじめに思っていたので、虚勢を張る
必要性を感じなかった。
「誰の挑戦でも受ける。」と豪語していたが、180~190cm100kgくらいの友人
ばかりだったのと、少し変と思われていたせいか、挑戦者は皆無だった。
(簡単に言うと、相手にされなかった。 と言う方が、正しい表現かもしれない。)
生意気⇒感受性の違いにもよるが、多少そのような印象を受けた方が居たかも。
変人 ⇒全否定は致しません。
