息苦しい
息を吸って吐くことも
喉を締め付けられるような
緩い服を着ていても
縛られるような
誰に見られてるかを
考えてしまうような
そんな人生は生き苦しい
だけどそれしか生き方がわからないの
深い温もりに包まれながら
無限に寝れたのなら
息苦しい
息を吸って吐くことも
喉を締め付けられるような
緩い服を着ていても
縛られるような
誰に見られてるかを
考えてしまうような
そんな人生は生き苦しい
だけどそれしか生き方がわからないの
深い温もりに包まれながら
無限に寝れたのなら
先日、見に行ったワンピースの曲が
無限に聞きこんでしまうんです
食事になり、外して、今度は違う曲を。
気が付けば無限リピートに。
今、そういうゾーンに入っているみたいです
あんまりいい感じではない。
こういう日は
好きなご飯食べて、ゆっくりお風呂入って、何も考えずにダラーと過ごすのが
私にとっては至福、というか最低限必要なもの。
2日前、友人の一人暮らしの始めた家にお邪魔しました。
特にすることもない。
外で夜ご飯食べて、順番にお風呂入って。
気が付けば12時前。
差し入れのお菓子を開けて、コンビニで買った甘い酎ハイを開けて。
動画を見あさる。
「これさー」で始まりダラダラと、ひたすらに。
4時ごろになって私が眠くなって寝ようと、声をかける。
それでようやく寝る。
友達は
6時のアラームで、起きない。結局家出る10分前に完成させてた。
この、人の家にお邪魔して素泊まりさせてもらったことが
いいリセットにはなったみたい。
今日一日、いつもと同じように過ごしたけれど
なんだか寂しくて、
気が付けばゾーンに入ってるし。
難しいね本当に。
お薬も飲んでいるんだけれど。
胸の内が吐き出せている感じがなくて。
なんだろうなー、この数日は結構な距離も歩いたし汗もかいてる。
服も着たいのを着て過ごしているのに
メイクだってそうなのに。
なにかなあ。
わからん、自分のことなのに。
とりあえず腹を満たして寝てみようと思います。
9月9日、本日(投稿日)はおじいちゃんの命日です。
この「おじいちゃん」とは今、6歳差です。
そして6年後には並んで、7年後には追い抜きます。
父の父、祖父にあたる方です。
父が小3の時、脳梗塞で亡くなりました。なので、もう祖父のご兄弟と父、叔父しか私のおじいちゃんのことはわかりません。
仏壇があるので、そばにいると言えばいます。毎月お墓参りにも行ってます。
数年前に、おばあちゃんもおじいちゃんと同じ場所にいきました。
だからここ数年は寂しくないんじゃないかなって思います。
あったことはなくて、飾られている写真しかわからない。
しかも30歳だったから若くてさ。でも、おじいちゃんなのかーともなります。
おじいちゃんには本当に助けられています。
死んでもおかしくない状況に家族が様々なタイミングでなっていても
いま、全員無事に生活を送れています。
おじいちゃんに守ってもらったことは何度も。
時々、おばあちゃんだったらごめん。
先日、父はケガしたのが炎症し高熱を出しました。
どんどんやばくなって、私はパニックで、母に早退してきてもらうことと父の横にいるしかできませんでした。
病院にいって緊急入院。数日後に炎症箇所を手術しました。
『菌が全身に回って、頭に脳に回ってたら死んでました』
そういわれたとき心臓がヒヤッとしました。
手術台から押されて出てきた父も苦しそうだったけれど
それ以上に、生きててくれた助かったと安堵した気持ちが大きかったです。
他にも私や弟が車やバイクと衝突した交通事故にあっても、軽傷で済んでいます。
その度に「おじいちゃんが助けてくれたね、ありがとうだよ」って。
そんなおじいちゃんが、今も生きていたら。
どんなおじいちゃんだったのかな。
初孫の私を、温かく抱きしめてくれたのかな
弟はサッカーじゃなくて野球やったかなあ
妹と一緒に休みの日に卓球しにいったりしたかな
お父さんと叔父さんとおばあちゃんと4人で沢山家族旅行したかな
お父さんの草野球チームで会長の名でいたりするのかな
EXILEにハマって一緒にLIVEいったりしたのかな
記念日なら、お洒落なシャツにジャケット着させて
おばあちゃんもおめかしさせて、二人で美味しいものを食べてほしいな
9や4って苦しむだったり、マイナスなイメージでいろんなところで省かれたりしますよね
私自身にとっては、4も9もとても大事な数字なんです
誕生日をはじめ、学生時代の出席番号とか自分に絡む数字はほぼ4か9が入ってる
だから
私は好きなんです
9月9日、悲しい日ではあったかもしれないけれど
それを乗り越えて「胸が温かくなる日に」。
p.s 久々の小説と無理やり絡めてすみません
年上女房は、とても気の強いやつだった。
背も同じくらい。
先のとがった細いヒールとやらを履かれれば夕に追い越される。
健康的な体格で、変わってほしいとすら思えることもあった。
そんなやつが、自分の前でだけ。
俺の前だけで。
オンナなのだ。
酒に酔っても、何があっても女なのだ。
俺は、こいつを守りたい。一緒に生きていきたい、そう決めた。
周りの目、なんてもんじゃない。
地域、親戚、家族、職場、巻き込めるものは全て巻き込んだのであろう。
こいつと一緒にいる方法は、今の場所から逃げることしかなかった。
そして気が付けば長男が生まれた。
子供も生まれれば、多少周りは言い丸めることができた。
その4年後に、次男も生まれた。
時代もあって、子供二人は野球を始めた。
長男が小学三年生のとき。
7月23日の誕生日をおめでとうと言ったから9歳になった。
頭が痛くなった。
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俺は30歳、小学三年生の長男を残し
頭痛とともに記憶が切れている。
出てくるのは過去の思い出だけ。
長男が中学に入ったはずの姿も、バットを思いっきり降る姿も
丸坊主の姿も、「オヤジ!」と声をかけてくる姿も、
この目で見た記憶がない。
結婚したことも、孫が出来たことも知っているのに。
俺に向かって「おじいちゃん」と孫たちが声をかけてくれる。
「おじいちゃん、怖かったんだよ?」って長男は言う。
しばらくしたら、皴の増えた家内が後ろから声をかけてきた。
「おまたせ」
一緒にゆっくり、過ごしていこうか。
こんな会話をしているんじゃないかと思う。
長男の娘より。
とても我儘なことをいいます
今回の記事は、読まなくて大丈夫です
メモといいますか
吐き出しです
昨晩夜中に、大好きだった2個上のおにいさんからショートメールが届きました
実は7月下旬からぱたりと連絡が消えて。
567や大雨による震災被害にあったのではないかと心配していました
約3週間ぶりに届いた内容。
彼女から「仲の良い女性のLINEは消してほしい」と言われて何も言わずに消してしまったとのこと。
確かに、めちゃくちゃ仲良くて最後は好きになってしまったほど。
きれいごとに聞こえるかもしれないけれど、お兄さんが幸せならそれでいいって思えるほどとても素敵な人だった。
だし、彼女さんが言ってることなんも間違ってないと思ったから。
理由がわかって本当に良かった。
お兄さんが選んだ幸せが、その子との未来なのだから。私はお兄さんが幸せ担ってくれますようにと願うばかりです。
ただ、親しき中にも礼儀ありってよく二人で話してたから。もっと早めに、なんなら削除する前に堂々と、一方的でもよいから伝えてほしかったわ・・・
3週間、悩んだ末、伝えるべきだと判断して送ってくれたので、まあいっか。
もうトークも削除、連絡先もブロック削除してある。
本当に、連絡すべはなくなった。
大好きなお兄さん。私、直感だけその子とお兄さん結婚するとおもうんだ。
これは本当に勘だけど。なんとなくね。根拠はありません。本当に「あ、この二人結婚するかも」って
思っただけ。
私がこのお兄さん幸せにしてあげたいぐらいだったからさ。
じゃあね。
そして翌日仕事が終わると元カレから連絡が。
用のない連絡にちゃんと反応してしまったことを後悔した。
私はやっぱりうぬぼれていて。
復縁したいのかな、っておもうような内容に受け止めたの。
でも、何度聞いてもそれはないって。
悔しさと、楽しかった思い出がずっと頭に流れてきて
でももうそれは一生かなわないって。
一生一緒にいたいと思った人だったからこそ
涙がずっと止まらなかった。
家に帰ってきて妹に話したの。
そしたら
わたしはお姉ちゃんみたいに恋愛してないからわかんないんだけどさ、
聞く限り、超都合のいい女じゃね?
なめてんだろっておもっちゃったわ・・・
って。
私も目が覚めた。
ありがとう、妹よ。
私は、変わったの。
もう依存していた頃の私はいないよ。
次の恋愛の仕方なんて、私と次にであった方との仕方だから。
あなたには関係ないよ。
あなたが浮かばせているいい人の私は
いるフリだから。
いないことも教えない、悪い女でいるわ。
どんな方法でも
どんな形でも
人生は私のもの。
もう、振られた以上私はかかわることはできないから。
貴方の望む形の女性にであえたらいいね。
元カノとして、貴方が死なないことだけを願います。
初彼女がわたしでごめんね
泣き続けて魚みたいな二重になっちゃった。