初めまして。
過去の記事(小説)を読んだことがあって、今読んでくださっている方へ。
お久しぶりです。
元、🥑(アボカド)です。
🥑(アボカド)という名で活動していました。
2020年、小説を2作書いてました。
・・・気が付けば2021年師走。
更新せず何をしていたか。
興味ない方は下までぐんっと、スクロールしてください。
2020年9月、「タマゴとツナとススム」を書いた後から。
当時、私にはお付き合いしている方がいました。夢で、タマゴとツナとススムをみて文字に書き起こしてから。私は、別れを切り出しました。
理由は小さなイライラや不満が爆発してしまい、もう無理となってしまったからでした。
そのあと1か月少し、独身となり11月頭。
その彼の誕生日で。連絡がきました。何時間も電話で話し合いました。
彼の「変わった」という言葉を信じ、復縁しました。
そこから1年。
2021年は、私にとって最悪な年でした。
1月に生理が終わらず。女性ならわかる方も多いですが、出血量のピークってものがあるんです。いうなれば「2日目」が1か月以上続きました。幸い、貧血にもならず「終わらないな~」と思うばかり。
2月に入っても変わらず、流石にまずいと思い、婦人科へ。触診が厳しいレベルだったらしく、男性医師にたらいまわしされてようやく女性医師のもとに。
1週間の服薬をして量を抑えて、翌週にいざ触診。
ついた病名は「子宮内膜症」でした。そこからピル治療が始まりました。
ピルを飲んだことがある方はわかるかと思いますが、1週間飲まない期間(=生理が来る期間)があるんです。そこでの、状況を話すと「子宮筋腫の可能性がある」という話になりました。
そこから、担当医のいる大きな大学病院に自分宛で紹介状をかいてもらい、通院していくようになりました。
結果、筋腫ではなかったので安心しましたが、重度の内膜症ではあるとのこと。
内膜を通常まで戻すために、可能な限り筋腫用の薬を飲むことに。これが、私にとって中々つらかったです。
この筋腫用の薬の副反応として「汗が止まらない」。通勤等で一回発汗すると、どんなに冷房が当たっていても、拭っても30分は出っ放しでした。また、基礎体温の上昇がありました。私は普段平熱が低く、35.5度程度です。ですが、副反応で36.5度まで上がるように。慣れないことが急になもので。微熱のような倦怠感が続くのです。
またイライラもしやすくなりました。さすがに社会人。立場上、無で仕事ができません。八つ当たりされることももちろん。でもその沸点が以上に低くなったと、自分でも驚くほどでした。
この状況を話し、6月下旬。
私は「ミレーナ」を入れました。もちろん、悩みました。入れて5年たって取り出す年齢もまだ20代。復縁した彼とも未来を考えているし。でも、薬の限度はある。
入れてうまくいけば。1年あれば薬も今までの治療費の元も取れるし。内膜症は生理が来れば来るほど悪化していく(という説明を受けた)のでそこが5年だけマシになる。
他にもいろいろ考えて、結果12月。今、私の子宮内には入れてある状況です。
ミレーナの話はここまでにしておきますね。聞きたい方いたらいつでも!私でよければすべてお話します(笑)
話を少し戻して。6月、仕事が極度に暇になりタイピングをする日々に。ほとんどが同じ状況でした。上も下もいる立場故、何か仕事がないか探しまくりました。ごみ捨てでもシュレッターでも。本気で探しました。仕事のある私より上の人達は「暇でお金もらえるし、いいんじゃないの?」と言って、仕事を手放そうとはしませんでした。
何度も、何度も、噛みついて話し合いをしてもらいました。でも、変わることはありませんでした。「ここにいても未来はない」そう思い、転職活動をはじめて1か月。無事に転職先を見つけました。
3年4か月勤めた、会社を7月で辞めて8月から心機一転。同職種系ではありますが、無事転職をしたのです。
でも、ここから悪夢の始まりでした。結果として2週間で退職しました。
聞いていた話と合っていたのは入社日だけ。いざ配属された先では、日に日に話が変わっていくのです。新人としての研修スケジュールをきくと、2か月が目安で1通り覚えてもらう。
メイン業務が大事なので、まずは今月それだけを。慣れたら来月に電話対応をとの話だったのに。2日目、OJTしてくれた方はきっと教える経験がない方だったのでしょう。まあ、酷かった。何か質問しても「そんな感じで」の一点張り。「忙しいんで」といって質問が断られるのもしばしば。2日目にして心は折れました。3日目、聞いていた話と違う出来事が。電話応対を午後からしてほしいと。
電話応対の経験が0です。友人や彼とかと私用の電話はしたことがありますが、職場という環境では自分が欠勤連絡するとき以外したことがなかったんです。
マニュアルは一切ない。何を言うかも、何を言われるかも、内線番号も知らない。どんなふうにかかってくるかもわからない電話を出ろと。流石に「無理」と言いました。それでも出てね、と言うだけ。半泣きになりながら、質問攻めして。1本だけ、出ましたが取ったメモも不十分なわけで。結果ボロボロ。メイン業務もついていけないレベルで詰め込まれ、情報整理が追い付かない。昼食も夕食も食べる暇はありませんでした。
入社した週末にはすでに3キロ落ちていました。
翌週になっても変化はなく、詰め込み具合は悪化する一方。このままでは死んでしまう、そう思い2週間で退職しました。
退職を心に決めた日に、とにかく繋がなくてはと思って飲食店のキッチンへ。Uber品の調
理で高校生でも可能な内容ということもあり即採用してもらいました。
8月後半はそこで過ごしましたが、店長は上っ面の人でした。
出勤4回目にして、体力は限界を迎え、ご飯を食べ忘れ出勤しました。その日の1時間休憩も寝て過ごし、自宅に帰った時間は終電。遅い時間に食べる罪悪感もあって丸一日食べませんでした。でも、翌日思いのほか動けたのです。食への興味が0になり、ダイエットにもなるし食費は浮くし、ラッキーとしか思いませんでした。数日後、久々に友人とリモートのみをした後。明日も仕事だー、と思ったら急に呼吸が出来なくなりました。吸っても吸って息が吸えない。そして吸えた時には過呼吸でした。
椅子から転げ落ち、床に這いつくばることしかできず、順番にしびれていく身体。
彼氏に連絡しても返信はなく、次に思いついたのは実家にいる妹。幸い、電話がつながり急いで両親とともに来てくれました。
状況を話すと、ようやくそこで自分がまずい状況だと気が付きました。
次の出勤で、翌月で辞めたいと店長に話すとまさかのクビ宣告。「8月の出勤だけはたのむね」とそれだけでした。
9月からはニートになってしまい、ハローワークと派遣会社へ。
ハローワークでの給付には早くても年内かどうか。待っていられず、派遣での面接を何社かてもらい、結果10月から働くことに。
10月から今も勤めていますが、もう限界を迎えています。
昨日の朝礼後から過呼吸になってしまいました。
この話を書いている今、今朝もなりました。座るのがやっと。
もちろん食欲なんてありません。11月からまた通いだしたメンタルクリニックの薬を飲んでいても、頓服薬を飲んでもダメでした。
そんな私をさらにどん底にした出来ごとがあります。
約1年前に復縁した彼氏に振られました。
合算すれば4年以上。復縁してから向こうに、疑問が浮かぶことが増えたらしいです。思っていることを全て話してくれて。事実でしかなくて、ただ「ごめん」と思うばかりでした。
彼を1年苦しめていた部分があると思うとそれだけで胸が痛いです。
ごめんね。
ただ、言われた言葉100個に納得している、訳ではないので(笑)
きっともう、復縁することはないでしょう。
貴方を愛してくれる、女性らしい方に出会えたらいいね?
病気発覚、副作用、転職失敗、失恋。
こんなにも続くのかと驚いています。妹の後厄が全部降りかかったとしか思えないほど。
むしろそのせいにしてほしい。
大人げない大人ですね。最悪じゃん。
長くなりましたが。
また小説を書いていこうと思っています。
でも時々こうやって胸の内を話すこともあると思います。
付き合ってほしい、なんて言いません。みたくなかったら触れずにスルーしてください。
あえて、触れてこないでもらえればいいんです。傷つくことも傷つけることにもならないので。
再スタートという意味もこめて、
名前を変更しています。
以前までは🥑(アボカド)という名で活動させていただきましたが、これを変えたくて。
取り合えず適当につけた名前にしてます。
アボカドという名前じゃなくなったよー、またちょこちょこ小説書くよー、っというお話でした。
では、よろしくお願いします。
✊