1964年9月8日、神奈川県厚木基地を離陸したF-8クルセイダーが同県大和市上草柳へ墜落、約200mに渡って家屋を薙ぎ倒し舘野鉄工所に激突、爆発炎上、5人が死亡、3人が重軽傷を負った事故がありました。
事故があった場所は、その後、国有地化されたため、慰霊碑が建てられたものの遺族も自由に慰霊できないことから、自由な慰霊を求めて遺族と支援団体が提出した1万人余の署名に加えて、さらに約1900人の署名が大和市に提出されました。
慰霊碑は建てられているものの国有地のため遺族も自由な出入りが出来ません。
遺族の一人、舘野義雄氏は一度に3人に兄を失う悲劇に見舞われました。
当時の映像から、同氏の悲痛な表情が良くわかります。
舘野義雄氏は、『今も周辺の地域で部品落下のニュースを耳にすることがある。悲惨な事故が2度と起きないよう多くの人が祈ることができる場所になって欲しいし、基地周辺の住民が安心して住めるようになったとき、兄たちの死が無駄にならなかったと思えるようになる』と話しています。
南関東防衛局は『大和市から慰霊公園などで使いたい要望があれば、無償で使用許可を出すことも検討』としています。
事故は1964年の東京五輪の年に起きましたが、この年だけで神奈川県では8件の米軍機墜落事故が発生、事故の5月前の4月には厚木基地に向かう米軍機が町田市(東京都ですが神奈川県に隣接)に墜落、死傷者多数の惨事が発生したことも。
その後も米軍機による死亡事故が、戦力比で最も基地負担が大きい神奈川県で発生が続きました。
主にジェット戦闘機の性能向上により、近年では事故は格段に少なくなってはいますが、事故がゼロになることはりません。
米軍機墜落事故の犠牲者は全て合わせても日航123便墜落事故(死者520人)には及ばないことから、忘れられてしまっている事故も多いもの。
せめて慰霊だけは継続する努力を続けていただきたいものです。










