安政南海地震は、推定M8.4の巨大地震で、地震・津波により被害は死者数千人とも言われています。
その一方、異変に気づいた濱口梧陵が、いち早く稲の束に火を放ち、村人を高台に誘導、被害を最小限にし、のちに『稲むらの火』のモデルともなりました。
濱口梧陵の功績は、早期避難の呼びかけもさることながら、再度の津波の襲来に備えて、堤防の整備を行ったことは、さらに特筆すべき功績です。
それから、約100年後の昭和21年の昭和21年に昭和南海地震が発生しましたが、濱口梧陵が築いた堤防が減災に役立ちました。
その後の研究で、南海地震は約100~200年間隔で繰り返していることが判明しています。
国連で日本案が決議されたので、11月5日を津波に備え啓発する国際デーとなり、津波の早期警報システムなどを整備することが、今後呼びかけられていくことになります。
通常であれば、次の南海地震まで余裕があるはずですが、3.11で完全に日本の地下がリセットされた状態。日本列島の海に面した地域はどこでも津波被害の可能性があると考えるべきでしょう。