大正天皇実録は13年前に既に公表されていましたが、宮内庁は個人情報保護を理由に一部を黒塗りにして、史実を隠蔽してきました。
大正天皇が病弱であることは知られていましたが、その状況は公開されず、そのため、さまざまな憶測を呼んでいました。
8歳の時には長期欠席したため進級試験を受けられず留年したことも明らかに。
しかし、年長になるに従って健康を回復、即位後は多忙な日々を過ごしていたことも明らかに。
特に興味深いのが、これまで軍事には興味を示さなかったと言われていたのに、当時の枢密院議長で陸軍元帥の山県有朋と、頻繁に会って第一次大戦などについて、情報収集していたことが判明しました。
また大正14年の「脳貧血」発作も、当時は軽傷と発表されましたが、実際には3ヶ月寝込む重症……
「一時人事不省」な状態になったことも明らかに。
ちなみに大正10年には既に体調を崩し事実上の引退状態になっていました。
大正時代は僅か15年ですが、大正デモクラシーで知られるように、日本初の本格的民主化が進み、現代日本の原型が出来上がりましたが、大正12年の関東大震災で帝都は灰燼に帰し、長い不況を克服するために、軍拡・植民地拡大政策により、軍部の暴走が始まる転換点となった興味深い時代でもあります。
ニュースで聞く限り、大正天皇に関する俗説の多くは、宮内省(当時)の過度の隠蔽により生じた、誤りであったように思えます。
ニュースによると、まだ公開されていない部分があるとか。
少なくとも今回公開された部分には、大正天皇の名誉を傷つけるところはなく、現・宮内庁の隠蔽体質に疑問を投げかける歴史学者もいるようです。
しかし大正天皇実録は、今後も一般向けに出版する予定はないとのこと。昭和史の理解のためには、その前史である大正時代のさらに詳しい理解が必要です。