規模は一辺が40mと、天皇陵に匹敵する規模で、内部には巨大な石室が残されています。
埋葬された人物については、近くに蘇我馬子の墓と言われる石舞台があることから、蘇我稲目が有力とか。
蘇我稲目は、蘇我氏、繁栄の基礎を作った人物。
蘇我稲目が、当時の高句麗と関係が深く、吉林省集安にも同様の階段状ピラミッドが残っているとのこと。
後に滅ぼされる蘇我氏と天皇家の力関係については、諸説あり、蘇我氏がすでに天皇家を凌駕する勢力であっとする説も。
一方、専門家の中には、蘇我稲目説を疑問視する向きもあり、日本の古代史にまた一つ謎が加わったとも言えます。
すでに日本各地に山を削って作ったピラミッドがあるとするトンデモ説は、随分前からありましたが、これだけ大規模な階段型ピラミッドってのは、聞いたこともありません。
ますます、わけわからなくなった古代日本史であります。