文書には東郷文彦氏がどのような質問をしたかについては書かれていませんが、ステッドマン氏は『日本が独自の核戦力を持つことは可能で、日本自身が決めるべき問題だが』と、意外にも日本の核武装について、頭から否定・拒否の姿勢の発言ではありません。
しかし、続けて『米ソなどと比べて独立の抑止力と言えるだけの域には到底、達せず』……
『米国の核抑止力と重複し、不経済なものとなるであろう』としています。
そして、核開発に掛かる『同額を対外援助に使用した方が、安全保障の見地からも遥かに有効』と述べています。
一時期、アメリカでは日本の安保タダ乗り論が、盛んに喧伝、日本批判がされましたが、実はタダ乗りを勧めたのはアメリカ政府自身であったことがわかる貴重な資料です。
また、日本政府は、非核三原則を打ち出す一方、核武装の可能性を模索していたのも興味深いところ。
背景には、東西冷戦が厳しさを増し、1964年には中国で核兵器の開発に成功した時期にあたり、日本政府の危機感が大きかったことも伺われます。
結局、ステッドマン氏の勧める対外援助重視政策を日本政府が採用することになり、現在に至っています。
昭和41年というと、敗戦からまだ20年の段階で、案外、アメリカは日本政府を信頼していたとも読めるので、これまた意外な感じも。
歴史は、いつの時代でも、密かに作られていくものなようです。