関東大震災の場所別で最大の3万8千人の死者が出た被服廠跡地で、被災し生還した市川ふみ子氏が、当時の状況を証言です。
被服廠跡地で大惨事となったのは火災旋風によるもの。大規模火災で発生する炎の竜巻のことです。
市川ふみ子氏によると、地震では無事でしたが、自宅から200mほど先にあった被服廠跡地に避難、おにぎりを作って食べているときに竜巻が来たとのこと。
証言によると、晴れ渡る空が急に暗くなり、『ウー』とう音とともに徐々に大きくなっていく竜巻が押し寄せてきたとのこと。
当時は火災旋風なんて言葉を一般人は知らなかったはずですから、ほとんどの人は竜巻に見えたのでしょう。
そして、火災旋風に巻き込まれましたが、市川ふみ子氏は運良く水たまりに落ちて助かったとのこと。しかし、『人も馬も大八車もみんな巻き込まれて空に飛ばされていった』とありますからF2以上の強力さだったのでしょう。
また『火の粉がついて苦しんで、窒息して亡くなった人が多いようだ』との証言は注目です。死亡原因に火災旋風の熱による気道熱傷が多数あったのかも知れません。
そうだとすると、竜巻と同じような避難方法ではサバイバルには不十分な可能性も。
首都直下地震が発生した場合は、道路が寸断されるので消防車の出動はほぼ不可能な状況。空からの消火も日本には、1機の消防飛行艇もありません。
市川ふみ子さんは、関東大震災の記憶が風化しつつあることに危機感を覚えているとのことですが、首都直下地震の危険性は90年前より格段に強くなっていることに気付くべきです。