今から思えば、この頃から日本の『安全神話』が軋んでいたわけですね。
事故後、ATSの設置の有無が問題と、機器の所為になったのは、今の原発事故と全く同じですね。
しかし、JR福知山線の脱線事故の真の原因は、安全ルールを無視して、無理なダイヤを組んで、安全走行よりダイヤ順守を優先させた、全面的にJRの人為的なミス。
いくら、安全装置やシステムを設置したって、運用する人間に『心』がなければ、また同じ事が繰り返されます。
今年は遺族による慰霊の言葉が、希望者がいないため初めて行われなかったとか。
『去る者は日々に疎し』が自然なことですが、JR関係者も事故を忘れ、安全無視のダイヤを組んだ時、再び大事故が発生することは間違いないでしょう。