まったく、今年はとんでもなく悪い年であった。
長引く不況のお陰で仕事の件は例年通りの悪さであったが、今年はそれに入院までして追討ちをかけられた。
しかし、悪いことばかりではないと、零細企業のオヤジを長いことしていると、変なところが楽観的なのだ。
下手の横好きでしていた執筆活動も、ようやく引退作にして良い作品が脱稿した。
お陰で、長らく積ん読にしていた本棚の本もようやく日の目を見ることが出来るだろう。
ようやく、健康状態も良くなったので、活字を追う気力が出てきたが、最初の一冊は積ん読本ではなく、古本屋で見つけた吉行淳之介の一冊だ。
huruhonさん のブログを見ているうちに吉行淳之介を読みたくなったのだ。
そうそう、立原正秋は立原先生で、吉行淳之介は呼び捨て、とは何卒と怒る読者さんがいるかも知れないが、オヤジが先生の敬称をつけるのは、星先生と立原先生だけだ。あとは、畏れ多いので一応、川端大先生と小松大先生にも敬称をつけている。筒井康隆には敬称をつけるつもりはない。
さて、古本屋で吉行淳之介のエッセイを買ったのは、立原先生が吉行淳之介に文壇論議をふっかけた件が書かれていたからだ。
ちなみに立原先生は、吉行淳之介を兄貴分として慕っていた話は、他の評伝でも書かれているから、確かなことだろう。
他の評伝でも、酔ってからんだ立原先生に吉行淳之介は、にこにこしていただけとあったが、自身のエッセイでも、『私は黙っていた』とあった。
作家同士なら、これは相当な信頼関係がなければ、こうはならなかっただろう。
吉行淳之介は、立原先生との仲を、『淡い付き合い』と評しているが、ある出版社の社長と立原先生が大喧嘩になったとき、仲裁にはいり、ライター2個をせしめたエッセイまで書いているところを見ると、『淡い付き合い』ではなかったことがわかる。
ちなみに、吉行淳之介はその社長からせしめたのは、ハンドメイドの高級ライターとダンヒルのライターであった。おそらく、ダンヒルのライターなら当時でも十万以上の品であったはずだ。
立原先生が、ダンヒルを選んだのが意外と書いてあったが、吉行淳之介は立原先生がダンヒルのパイプを愛用していたことまでは知らなかったらしい。
ハンドメイドの高級ライターを手にした吉行淳之介は、一時は儲けたと思ったらしいが、後にどうにも使い勝手が悪いのに気付いて、あれこれ愚痴を書き綴っている。
まったく、作家同士の交友録とは、面白いものが多い。
単行本は絶版らしいが、文庫版は手に入るようだ。
- 吉行 淳之介
- 懐かしい人たち (ちくま文庫 よ 17-5)
立原先生については、高井有一のエッセイも参考になる。
- 高井 有一
- 作家の生き死
また、立原先生の評伝としては、定番であるが、立原先生の側に寄りすぎていることに注意してほしい。
- 武田 勝彦
- 身閑ならんと欲すれど風熄まず―立原正秋伝