2020年12月22日、ルクセンブルク公国のコンスタンティン公子(32、アンリ大公の甥)とキャスリン・メチエがジブラルタルで民事結婚式※を挙げました。

※モナコやルクセンブルクでは宗教的な結婚式の前に民事結婚式をあげる事が多いようです。
過去の記事でグレース・ケリー、シャルレーヌ公妃、シャルロット・カシラギの民事結婚式も少し紹介しました。


現在の健康規則に従って、特定の条件下で民事結婚式が行われました。後で宗教的な結婚式を挙げる可能性については公表されていません。

コンスタンティン公子とキャスリン・メチエ(愛称はケイティ)の出会いは、ローマカトリックの私立寄宿学校アンプルフォースカレッジでした。その後お二人ともスコットランドのセント・アンドルーズ大学に進学。
セント・アンドルーズ大学といえば、ウィリアム王子とキャサリン妃が出会われた場所でもあります。

美術を学んだ後、キャスリンはファッション業界で数年間働き、石油会社を含むアフリカのさまざまな大規模なグループのプロジェクトマネージャーになりました。彼女は現在、北アフリカのビデオオンデマンド会社のプレスオフィサーとして働いています。コンスタンティン公子はアフリカとスイスでテクノロジーと太陽エネルギーの分野のお仕事をされているようです。
学生時代から交際が続いていたのか、アフリカの仕事関係で再会したのかは不明です。


新郎新婦の間には2018年4月に男の子が誕生していました。お名前はフェリックス。コンスタンティン公子の従兄弟のフェリックス大公子と同じ名前です。


アンリ大公の次男フェリックス大公子(右)



アンリ大公の弟ジャン公子の第二子(長男)であるコンスタンティン公子の母親は、最初の妻であるエレーネ・ヴェストゥール(Hélène Suzanna Vestur)です。
ジャン公子とエレーネの間にはコンスタンティン公子を含む三男1女が誕生しましたが、貴賤結婚であった為4人の子供達にprince、princessの称号は与えられず、ナッソーの姓を名乗っていました。
 

ジャン公子とエレーネの結婚が1987年5月27日、第一子マリー・ガブリエルの誕生が1986年9月8日、貴賤結婚ということでなかなか結婚が認められず、妊娠出産により反対を押しきって結婚したということでしょうか。
また、第一子誕生から間もない1986年9月26日にジャン公子はルクセンブルク大公の相続権を放棄してきます。

1995年に祖父のジャン大公からエレーネと子供達に"Count(ess) of Nassau" ナッソー伯爵(夫人)という貴族の称号が与えられました。

※祖父ジャン大公と父ジャン公子も同じ名前です

2004年にジャン公子とエレーネが離婚。
同じく2004年に伯父のアンリ大公から子供達にprince、princessの称号が与えられました。



ジャン公子は2009年3月18日、クロード・ガストン・デ・ゲール将軍(1910-1997)とユージニー・マリー・ウルフ・メッテルニッヒ伯爵夫人(1923-2016)の娘であるダイアン・デ・ゲールと再婚しています。


アンリ大公とジャン公子の母であり、新郎コンスタンティン公子の祖母であるジョゼフィーヌ=シャルロット大公妃はベルギー王室出身の生まれながらの王女でした。
ボードゥアン1世とアルベール2世の姉であり、現在のベルギー国王であるフィリップ国王の伯母です。
ジョゼフィーヌ=シャルロット大公妃は長男アンリ大公とマリア=テレサ大公妃の結婚に反対で、結婚後も嫁姑の関係が悪かった事は有名です。

ヨーロッパの王家か貴族出身の女性との結婚を切望していたそうですが、アンリ大公が結婚相手として選んだのは、スイスのジュネーブ大学で出会ったアメリカ出身の亡命キューバ人マリア=テレサ大公妃でした。ジャン大公の笑顔に対してジョゼフィーヌ=シャルロット大公妃は笑っていませんね…


1981年にアンリ大公が結婚。1986年に未婚のままジャン公子の長女が誕生。1987年にジャン公子が結婚という流れです。将来の大公妃としてしぶしぶ(?)キューバ人の女性を迎えたのに対して、次男の結婚は認められませんでした。結婚式は新郎の父ジャン大公の祝福無しで行われ、1995年まで妻エレーネと子供達は貴族の称号さえ与えられませんでした。結婚式への同意を拒否したのはジョゼフィーヌ=シャルロット大公妃の意向が強いと後にエレーネが語っています。


新郎のコンスタンティンを抱くジャン公子と新郎の姉マリー=ガブリエルを抱くエレーネ。(当時は称号無し)


マリー=ガブリエル公女は2017年9月2日にスペインで結婚式を挙げ、アンリ大公夫妻、ギヨーム大公世子夫妻、フェリックス大公子夫妻等ルクセンブルクのロイヤルファミリー達が参列されました。
左端がエレーネ・ヴェストゥール、右端がジャン公子です。新郎の両親とそれぞれエスコートしているようです。

ロイヤルファンの方ならこちらの花嫁に見覚えがあるのでは?私も当時ルクセンブルクのprincessなのね~と深く調べもしませんでしたが、実は両親の結婚前に誕生し、princessの称号を与えられたのは18歳の時だったのですね。



ウェディングティアラはもちろんルクセンブルク公室に伝わるティアラです。ルクセンブルク公室の女性達が身に付けていました。
マリー=ガブリエル公女から時計回りに、クレア妃、ステファニー大公世子、テシー元妃です。テシー元妃はアンリ大公の三男ルイ大公子の元妻です。
婚前妊娠、公子が継承権を放棄して結婚、その後は離婚…という境遇が今回ご紹介したジャン公子とエレーネ・ヴェストゥールと重なります。





キャスリン・メチエは、ノースヨークシャーで獣医学を実践しているStewart Campbell Mechieの娘だと言われています。出産前に結婚できない反対理由が合ったのでしょうか。それともお二人の意思で、結婚という形にとらわれないスタイルだったのでしょうか。もしそうだとしたら、新型コロナウィルスのパンデミックの影響で結婚に踏み切ったのかもしれません。


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