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シリーズ「私が僕になるまで」第7回


20歳の誕生日に、自分へのプレゼントをした。


20歳の誕生日の過ごし方は、人それぞれだと思う。友達と集まる人もいる。家族でごはんを食べる人もいる。

ケーキを買って、ひとりで静かに過ごす人もいる。私は、病院に行くことにした。
自分へのプレゼントとして、身体の治療をスタートする日に決めていた。

誕生日じゃないといけない理由は、特になかった。ただ、この日にしたかった。

20年間待ったんだから、この日にしよう、と思っていた。
病院の待合室で、順番を待った。緊張していたかというと、そうでもなかった。

ただ、ひとつだけ気になっていることがあった。痛いのが、苦手だ。特別な怖さ、というわけではない。

ただ単純に、痛みが苦手なだけだ。どのくらいの痛みがあるんだろう、という不安だけが、待合室でじわじわとあった。
ずっと待っていたのに、最後の最後で「痛かったらどうしよう」と思っている自分が少しおかしかった。

 

名前を呼ばれて、診察室に入った。

「2つともおめでとうございます」


処置が終わって、看護師さんが言った。「お誕生日と、今日のスタート、2つともおめでとうございます!」笑顔だった。

明るい声だった。
嬉しかった。単純に、嬉しかった。誕生日のおめでとうと、新しいスタートへのおめでとうを、同じ温度で言ってもらえた。

どちらが主役でもなく、どちらもちゃんとお祝いしてもらえた。その感じが、今も忘れられない。
病院を出て、少しだけ空を見た。特に何かを考えていたわけじゃない。ただ、いい天気だな、と思った。

20年かかった、ということ


20歳になった日に、自分の身体に向けた第一歩を踏み出した。それだけのことだけど、私の中ではかなり大きな日だった。
小学生のころ、「きっくん」と呼ばれながら幼馴染と外を走り回っていた。

中学で「きっくん」を呼ぶ人がいなくなって、出席簿の名前で呼ばれる毎日が始まった。

高校でスカートを履くたびに少しだけ気持ちが沈んで、自分の体が嫌だと思いながら着替えのたびに見ないようにしていた。

実業団でナベシャツを知って、鏡の前でいろんな角度から自分を見た日があった。
全部、この日につながっていた。遠回りしたとは思わない。でも、長かった。

中学のあの夜に「じゃあどうすればいいか」が分からなかった自分から、ここまで来るのに、何年もかかった。20年。

長いといえば長い。でも、来れた。

体が変わっていく、ということ


ケアを続けていくと、少しずつ体が変わっていく。声のトーンが変わる。体つきが変わる。肌の質感が変わる。

変化のスピードは人によって違うけれど、少しずつ、確実に変わっていく。
それが怖いかというと、全然そうじゃなかった。むしろ、楽しみだった。

変わっていく自分を、初めて楽しみに待てる感覚があった。

思春期のころ、体が変わっていくことが怖くて憂鬱だったあの感覚と、真逆だった。

あのころは体の変化が自分から遠ざかっていくようだった。今は、体が自分に近づいてくる感じがした。

声が変わる前に、話しておいてよかった


継母に先に話しておいてよかった、とあらためて思った。

声が変わり始めたとき、「あ、変わってきたね」と気づいてもらえる人がいる。説明しなくていい。驚かせなくていい。

変わっていく自分を、最初から知っていてもらっている人がいる。それがどれだけ楽か、歩み始めてから実感した。

 

変化は、ひとりで抱えなくていいものだった。

誕生日が、もっと好きになった


誕生日は、もともと好きだった。少しずつ大人になれている気がするから。

年齢を重ねるたびに、できることが増えていく感じがして、誕生日が来るたびに前より少し先に進めた気がした。
その誕生日が、20歳でまた違う意味を持った。

看護師さんに「2つともおめでとうございます」と言われた日から、この日が特別な記念日になった。

大人になる日であり、自分の体に向かって動き出した日でもある。

毎年この日が来るたびに、あの病院の帰り道に見た空を思い出す。

特に何も考えていなかったけど、いい天気だったあの日のことを。

次回「私が僕になるまで」第8回は、体が変わり始めた頃のことを書きます。
【書き手より】看護師さんのあの言葉は、今でも覚えています。「2つともおめでとうございます」——その一言が、あの日の全部を包んでくれた気がしました。自分の誕生日を、自分で祝える日が来るとは、中学のころは思っていなかったです。