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体が、変わっていった。 シリーズ「私が僕になるまで」第8回


2回目の注射を打ちに行った。

1回目のときは「痛かったらどうしよう」という不安があった。でも終わってみると、なんてことはなかった。だから2回目は落ち着いていた。

処置が終わって、また空を見ながら帰った。

変化がいつ来るのか、正直よく分からなかった。人によって違うと聞いていた。早い人もいれば、時間がかかる人もいる。だから焦らず待とうと思っていた。ただ、楽しみにしていた。

体が変わっていくことを、初めて楽しみに待てていた。

ある朝、声を出した。

「あれ」と思った。それだけだった。大げさな瞬間じゃなかった。ただ、いつもと少し違う音が出た。自分の喉から出てきた音が、少しだけ低かった。

始まった、と思った。


自分の声に、驚く

声が変わり始めると、日によってムラがあった。

低い日もあれば、以前に近い日もある。朝イチの声がいちばん変化を感じやすかった。起き抜けに何か言うたびに、「今日はどうかな」と確認するような癖がついた。

ある日、笑ったときの声が、明らかに違った。自分で笑って、自分でびっくりした。こういうことが何度かあった。

慣れるまでのあいだ、自分の声が他人の声みたいで、少しおかしかった。でも嫌じゃなかった。むしろ、そのたびに「ちゃんと変わってる」という確認ができて、それが嬉しかった。


あるものが、止まった

治療を続けていると、毎月のサイクルが止まることがある。

私の場合、2回目の処置のあとから来なくなった。最初は「また来るかもしれない」と思っていた。でも来なかった。そのまま来なくなった。

正直に言うと、これが一番大きかった。

声の変化は日々じわじわと来る。でもこちらは、ある日を境にはっきりと変わる。毎月必ずやってきていたものが、来なくなる。体の中で、大きな何かが変わった感じがした。

来なくなって初めて、ずっと負担だったんだと気づいた。

当たり前のようにあったものが消えたとき、その重さに初めて気づくことがある。なくなったことへの安堵の大きさで、それまでどれだけ消耗していたかが、逆に分かった。


体が、少しずつ変わっていく

ナベシャツをつけて鏡を見た日のことを覚えている。

あの日、いろんな角度から自分を見た。嬉しかった。でも、外すと元に戻った。それが当たり前だった。

治療が進むと、外してもすこしずつ変わってきた。一気にではなかった。じわじわと、少しずつ。でも確実に変わっていた。

ナベシャツなしで鏡を見る時間が、少しずつ長くなっていった。以前は一秒で目をそらしていた鏡の前で、気づいたらぼんやり立っている時間が増えていた。

体が、自分に近づいてきている感じがした。


鏡の前にいる時間が変わった

振り返ると、鏡との関係が少しずつ変わっていた。

小学生のころは、洗面台の前で一秒だけ見てすぐ目をそらしていた。高校のころは、なるべく見ないようにしていた。ナベシャツを初めて着た日は、嬉しくていろんな角度から見た。

そして治療を続けていくうちに、鏡の前に立つことが、普通のことになっていった。

確認するためでも、安心するためでも、嬉しいからでもなく、ただ普通に立っている。それだけのことが、ずっとできていなかった。それがいつの間にかできるようになっていた。

気づいたのは、ずいぶん後からだった。


においが、変わった

ある日、気づいた。自分のにおいが、変わっていた。

汗のにおいが少し違う。こってり感というか——うまく言葉にしにくいけれど、以前とは明らかに違うにおいがした。驚いたかというと、そうでもなかった。仲間から「変わるよ」と聞いていたから。

でも、実際に自分のにおいで確認すると、「あ、本当に変わったんだな」という実感があった。

汗の質感も変わった。量が増えた気がするし、べたつき方も違う。これも驚きより先に、「なるほど、これか」という感じだった。不快というより、体が変わっている証拠として受け取っていた。嫌じゃなかった。


いらんとこの毛が増えていく(笑)

これは笑った。

お腹とか、足とか、「別にここじゃなくてもよくない?」というところに、じわじわと毛が増えていった。仲間に「みんなそうなる?」と聞いたら、「なるなる(笑)」と返ってきた。そういうもんらしい。

嫌というより、おもしろかった。自分の体で起きていることなのに、どこか他人事みたいに観察している自分がいた。「今日はここに増えてる」と気づくたびに、笑えた。

こんなふうに自分の体の変化を笑いながら受け取れる日が来るとは、思っていなかった。

体が変わることを、ずっと怖いと思っていた時期があった。思春期のころ、体が変わっていくことが憂鬱だった。それがいまは、変わるたびに「おもしろい」と思えている。同じ体の変化なのに、向きが違うだけで、こんなに違う。


変わることが、怖くなかった

治療を続けながら、少しずつ実感していったことがある。

体が変わることは、怖くない。

以前は体の変化が自分から遠ざかっていくようだった。今は体が自分に近づいてくる感じがした。声が変わるたびに、サイクルが止まったと気づくたびに、体の輪郭が変わるたびに、においが違うと思うたびに——全部が、「ここにいていい」という確認だった。

小さくても、確実に、自分の体になっていく。

その感覚を、言葉にするのが難しい。ただ、毎日少しずつ、そういう感じがあった。


次回「私が僕になるまで」第9回は、体の形が大きく変わった日のことを書きます。


【書き手より】変化のひとつひとつが、証拠みたいでした。声が低くなるたびに、「ちゃんと進んでいる」と思えた。いらんとこの毛が増えるたびに笑えたのは、あの頃の自分が一番想像していなかったことだと思います。