胸を、なくした日のこと。 シリーズ「私が僕になるまで」第9回
ソフトボールをやめたとき、決めていたことがあった。
競技を続けている間は、体に大きな変化を加えることができなかった。手術には回復期間がいる。
シーズン中には踏み切れない。だからずっと、「やめたらやろう」と決めていた。
実際に予約を入れたのは、治療を始めて半年ほど経ってからだった。
治療で体が少しずつ変わっていくのを実感して、その感覚を受け取ってから、踏み切る気持ちが固まっていった。
ソフトボールをやめたタイミングと、その気持ちが重なって、「今だ」と思った。
仲間たちの間では、「オペ」と呼んでいた。
体の一部を取り除く手術だ。治療で体は少しずつ変わっていたけれど、完全にはならない。
ナベシャツなしで、平らな状態になる。それが手術でできる、ということを、実業団時代に仲間から教えてもらっていた。
教えてもらってから、病院を調べた。評判のいいところを仲間に聞いたり、自分でも調べたりした。
ずっと、したかった。
中学の夜から、こういう道があることは薄々感じていた。当時はどうすればいいか分からなかった。でも今は、調べれば分かる。聞ける仲間がいる。ただ待っていただけだった時間が、ここにつながっていた。
手術の朝
手術当日の朝は、緊張よりも「早く終わらせたい」という気持ちが強かった。
痛いのが嫌いだというのは、以前にも書いた。でも今回ばかりは、それより早く終わらせたいという気持ちが上回っていた。
ずっと待っていたのだ。ソフトボールをやめた日から、ずっとこの日を待っていた。
病院に着いて、処置の準備が始まった。
上半身だけの局所麻酔と、静脈麻酔での手術だった。完全に意識がなくなるわけじゃない。
うとうとしているような、でも眠ってはいないような、不思議な状態で手術が進んでいった。
途中、麻酔が切れかけたのか、ふと目が開いた。
医師と、目が合った。「あ」と思った。向こうも「あ」という顔をした気がした。
すぐにまた麻酔が入って、意識が遠くなった。手術はそのまま続いた。
終わってから、医師に言われた。
「大阪で取った中で、一番大きかったですよ(笑)」
笑顔だった。こちらも笑うしかなかった。「そうですか」と答えた。
嫌だと思い続けて、ずっと見ないようにしていたのが、大阪記録を更新したらしい(笑)
めちゃくちゃ、痛かった
麻酔が切れてきたころから、痛みが来た。
じわじわとではなく、じんじんと、はっきりと痛かった。思っていた以上だった。仲間から話は聞いていたし、覚悟はしていた。でも実際に体で受け取ると、「これは本当に痛い」と素直に思った。
それでも、日帰りだった。
入院じゃない。日帰りで、友人に迎えに来てもらって、帰る。そういうスケジュールだった。
友人が来てくれたとき、「大丈夫?」と聞いてくれた。「大丈夫じゃないけど帰る」と答えた。
首の後ろに、何かが刺さったまま
帰宅してから改めて気になった。
首の後ろに、何かが刺さったままだった。万が一のとき、すぐに処置を追加できるようにするためのものらしかった。
医療的には必要なことだと分かっていた。でも、痛い。じっとしていても、動いても、とにかく首の後ろが気になった。
眠れなかった。
胸の痛みと、首の後ろの違和感と、ふたつ同時に抱えながら、夜を過ごした。
仰向けになれないから、横向きで、でも横向きも微妙で、結局どこにも落ち着けないまま、うとうとしたり目が覚めたりを繰り返した。
「日帰りってすごいな」と、朦朧としながら思っていた。
翌朝、鏡を見た
朝になって、鏡の前に立った。
包帯が巻かれていたから、まだちゃんとは見えなかった。でも、形が違う。輪郭が違う。
ナベシャツをつけたときの平らさとも違う、もっと自然な平らさが、そこにあった。
痛みはまだあった。首の後ろもまだ気になった。
それでも、鏡の前でしばらく立っていた。
泣くかと思ったけど、泣かなかった。ただ、「やっとか」と思った。小学生のころから続いていた何かが、ここで一区切りついた気がした。着替えのたびに見ないようにしていたものが、もうここにない。その事実を、ゆっくり受け取っていた。
痛みと、一緒に受け取った
回復には時間がかかった。
しばらくは腕が上がらなかった。日常的な動作のひとつひとつに時間がかかって、不便だった。
治療のときとは違う種類の「体が変わっていく」だった。あのときは毎日じわじわと変わる楽しみがあった。
今回は、痛みと不便さの中で、少しずつ回復していく感じだった。
それでも嫌じゃなかった。
この痛みは、自分が選んだ結果だった。待って、決めて、動いた結果だった。ソフトボールをやめた日に手術をすることを決めて、ここまで来た。その道筋が、痛みの中にあった。
嫌な痛みじゃなかった。
ナベシャツが、いらなくなった日
回復してから、ふと気づいた。
ナベシャツを出していない。
必要なかったから、出していなかった。それだけのことだった。でも、その「それだけのこと」が、じわっときた。
毎朝つけていたものが、もう必要ない。
実業団時代に初めて買って、鏡の前でいろんな角度から見たあの日から、ずっと使ってきたものが、役目を終えた。
捨てるかどうか、少し悩んだ。
結局、しばらくそのままにしておいた。あの日の自分のことを、急いで手放す必要はないと思ったから。
次回「私が僕になるまで」第10回は、大切な人の親に理解されなかった日のことを書きます。
【書き手より】日帰りで、首に針が刺さったまま、眠れない夜を過ごしました。今となっては笑える話ですが、あの夜は本当にしんどかった(笑)。でも翌朝鏡を見たとき、それが全部どうでもよくなりました。