aaaoookのブログ

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店長になった、20代の僕のこと。

 シリーズ「私が僕になるまで」第13回


 

>20代前半で、店長になった。

 

自分でも、少し驚いた。梅田の夜にマレフィセントに捕まってから、まだそんなに経っていなかった。

裏方として入って、系列店で接客を覚えて、気づいたら任されていた。

「やってみる?」と聞かれたとき、即答した。

迷わなかった理由は、よく分からない。ただ、この場所が好きだったから、もっと深く関わりたかったのだと思う。

ソフトボールのとき、グラウンドにいるあいだは余計なことを考えなくてよかった。ここでの仕事も、似た感覚があった。

ここにいると、僕は僕でいられた。

 


店長、という責任

店長になって最初に分かったのは、楽しいことより大変なことの方が多い、ということだった。

スタッフの管理、売上の管理、お客さんとのトラブル対応。

裏方や接客スタッフとして働いていたときは、誰かが決めたことの中で動いていた。店長になると、自分が決める側になった。

判断を間違えると、店全体に影響する。

それが、最初はしんどかった。一緒に働く人たちはプロだった。

自分より年上の、この世界を長く生きてきた人たちを、まとめる立場になった。20代前半の、まだ経験の浅い僕が、だ。

なめられることもあった。試されることもあった。それでも、やるしかなかった。

 


近隣のお店との交流が始まった

店長になってから、近隣のお店との関係が生まれた。

最初は仕事上の付き合いだった。お客さんを紹介し合ったり、困ったことを相談したり。

でも、交流が深まるにつれて、個人的に話す機会が増えていった。

新しい世界だった。

同じ景色を持つ仲間とは実業団の頃から繋がっていた。毎日一緒に働く人たちとはよく話していた。

でも、また別の形で自分らしく生きてきた人たちと深く話したのは、この頃が初めてだった。

それぞれに全然違う話があった。共通していることもあれば、全く違う悩みや経験もあった。

話を聞くたびに、自分の知らなかった景色が広がっていった。

自分が思っていたより、世界は広かった。

 


恋した人のこと

一緒に働いていた人のことが、好きになった。

前回も少し書いたが、この人のことだった。

きれいだった。プロだった。お客さんへの接し方、立ち居振る舞い、全部に芯があった。

仕事を通じて話すうちに、その人の内側が少しずつ見えてきた。

気持ちを伝えた。断られた。また伝えた。また断られた。それでも伝えた。また断られた。

合計5回告白して、5回目でやっと付き合えた(笑)。

我ながらしつこいとは思う。でも、諦める気にならなかった。それだけ好きだったということだと思っている。

付き合い始めてから、また新しいことを知った。

それぞれに長い時間を生きてきたふたりが、一緒にいる。外から見た姿と、その内側は、全然違った。

説明しなくても分かり合える部分と、全然違う部分が、両方あった。それが、面白かった。

 


店を動かす、ということ

店長として半年、一年と経つうちに、少しずつ分かってきたことがあった。

この仕事は、人を見る仕事だった。

お客さんが今夜何を求めているか。スタッフが今どういう状態にあるか。

店全体の空気がどこに向かっているか。それを読んで、動く。言葉より先に、空気を読む力が必要だった。

ソフトボールで鍛えたものが、ここで生きていた。

グラウンドでも、試合の流れを読んで動くことが必要だった。チームの状態を把握して、次の一手を考える。

場所は全然違うのに、根っこにある感覚は似ていた。

僕は、意外とこういうことが好きなんだと思った。

人と関わること、場を作ること、誰かのために動くこと。それが好きだった。その気持ちを、この仕事の中で見つけていた。

 


東京のことを、考え始めた

ある夜、話していて、東京の話が出た。

「大阪もいいけど、東京はもっといろんな人がいるよ」

何気ない一言だった。でも、その言葉が頭の中に残った。

大阪に来てから、いろんなことがあった。親戚に騙されて、この仕事を始めて、店長になって、恋もした。

この街で受け取ったものは、たくさんあった。

でも、まだ見ていない景色がある気がした。

書類の上の自分のことも、まだ変わっていなかった。

名前のことも、ずっと「次は、そこだ」と思いながら、具体的には動いていなかった。

東京に行くなら、その前に——と、ぼんやりと思い始めていた。

 


 

次回「私が僕になるまで」第14回は、東京に行く決断をした話、お見送りされた日のこと、そして東京での半年のことを書きます。

 


【書き手より】20代前半で店長になって、正直しんどいことの方が多かったです。でも、あの時間があったから、人を見ることや場を作ることが好きだと気づけた。5回告白したことも、近隣のお店との交流も、大阪でしか出会えなかったものでした。