PCといふおもちゃを有効活用してみようと思う
肩がこらない程度に
授業に向かう途中にて
急に引き止められた。
久しぶりに会った彼は相変わらずカラーが濃い。
意識的で、それでいて自然に。
なめらかなのだ。
自信家で、それに伴う行動がほとんど反応に近い。
正直、惹かれている。その反面、諦めている。
その判断力と切り捨てる放漫さを 私は一生手にしないだろう。
羨ましいのだ。
刺激を受けた私は、(思考が)解放的になり不安定な存在になる。
本来、私の性質は変化に対してあまり寛容ではない。つまり刺激を要求していても、実際には順応出来ない。
あるいは、私は私から離脱出来ない。
それでも、理解しつつある。
それは、呼吸がしやすいようになることだ。
ご機嫌でありたい。 確かに。
彼ならきっと、事実である限り認めてくれる。
自室にて
寝てみた夢を追求したくない性分です。
それはなんだか怖いのであります。触れてはいけないものに不意に触ってしまったようで、罪めいて感じ、禁忌のように感じるのです。
文章を書くということは自分の中でいろんなことを整理していることと思い至る。
正しく、言葉は記号である。日々より具現化の困難さを思い知らしめられてるために自分にとってはこれもまた重労働と変わりない。自分は表現者ではないが、自分のための表現技術は求めている。
さて、整理しているうちに気付いたことといえば自分は圧倒的に経験が足りないということだ。それは特定のものでなく何に置いても、だ。というか、これは以前から分かってはいたのだが、やはり何かを「思い出す」様に、生活に紛れて忘れてしまっていたのだ。そう考えると日々の生活とは恐ろしいものだ。胃が食物をそうするのと同じように、生活は時間を無意識に消化させてしまうのだろうか。実に恐ろしい。
そして、気分と体調はまったくの別物だというのにひどく見極めが難しいということ。資本は自身の身体であるのだ。
20代のうちにやりたいことをすべてやれ
30代ではその中のひとつを徹底的に極めろ
肝に銘じて精進します、ねいさん
