今も昔も、ちまたで「これからは〇〇の時代だ」といったフレーズを見聞きすることは珍しくない。

例えば、高度経済成長期が終わった直後の日本では「これからは軽薄短小の時代だ」という言説が流行っていたし、規制緩和が積極的に進められていた頃の日本でも「これからは民営化の時代だ」といったことがよく言われていた。

サブカルに関しても、「これからはユーチューバーの時代だ」や「これからはスマホゲームの時代だ」に類するようなフレーズを聞いたことのある人は多いだろう。

日本の漫画に関しても一時期、「これからは縦読み漫画(縦スクロール漫画)の時代だ」や「これからはWebtoon(ウェブトゥーン)の時代だ」といった言説がしばしば飛び交っていた。

 

 

縦読み漫画(縦スクロール漫画)は、スマートフォン等のデジタル機器を介して読まれていくデジタル漫画である。通常の漫画本が手でページを開いていくことによって読まれていくのとは違って、縦にスクロールすることによって読まれていくという特徴がある。

Webtoonは縦読み漫画とほぼ同じ意味で用いられることもあるが、厳密には、縦読み漫画のうち、「韓国発」で「白黒ではなくフルカラー」で「基本的には分業制によって制作されている」といった条件を満たすデジタル漫画のことをWebtoonと呼ぶそうである。

「縦にスクロール」ということからも分かるように、縦読み漫画は紙形式(日本の漫画本は172×112mmや182×128mmといったサイズが主流)と比べて、画面が大きくないスマホでの閲覧に最適化されたフォーマットである。

スマホで漫画を読む際、従来の紙形式の漫画で一般的だった「コマ割り」や「見開き」や「めくり」といった手法は読みづらさに繋がってしまう。

現代人にとってスマホは日常生活に欠かせない機器といっても過言ではなく、少し前に流布されていた「これからは縦読み漫画(Webtoon)の時代だ」という予想には一定の妥当性があった。

 

 

だが、2026年現在、多くの企業がWebtoon部門から撤退をしている。

漫画業界全体で紙形式から電子出版への移行が進んでおり、日本のデジタル漫画の市場が全体的に右肩上がりであるにも拘らず、日本のWebtoon市場は苦戦を強いられている。

 

 

「もう何個目になるか忘れたけど、今日またWEBTOON部門を解散するよというお知らせが入ってきた。」日本ではWEBTOONがかなり苦戦しているらしい - Togetter

 

 

このTogetter記事に関しては後ほど私見を述べるが、個人的に、縦読み漫画(Webtoon)というジャンルに対して以前から気になっていたことがある。

それは、「縦読み漫画(Webtoon)の代表例としては何が挙げられるか?」と問われた際に代表例が頭に浮かんでこないことである。

 

さきほど、「これからは軽薄短小の時代だ」や「これからは民営化の時代だ」や「これからはユーチューバーの時代だ」や「これからはスマホゲームの時代だ」といったフレーズを紹介したが、日本の近代史や現代史に詳しくない人であっても、「軽薄短小」の代表例として「ハードウェアの対義語であるソフトウェア」などを連想し、「民営化」の代表例として「国鉄民営化」や「郵政民営化」などを挙げることは容易であろう。

同様に、ユーチューバー界隈やスマホゲーム界隈に詳しくない人であっても「ユーチューバー」の代表例として「ヒカキン」や「はじめしゃちょー」などを連想し、「スマホゲーム」の代表例として「パズドラ」や「モンスターストライク」や「ウマ娘 プリティーダービー」などを挙げることは難しくない。

 

 

だが、縦読み漫画(Webtoon)に詳しくない日本人に「縦読み漫画(Webtoon)の代表例としては何が挙げられるか?」と質問したときに、具体的な作品名を列挙できる者はかなり少ないのではないだろうか。

Jリーグに興味のない日本人であってもガンバ大阪や浦和レッズに関しては「そのチーム名、どこかで聞いたことがある」となるだろう。

プロ野球に興味のない日本人であっても、更にいえば野球のルールすら全然わからないような日本人であっても、読売ジャイアンツや阪神タイガースに関しては「そのチーム名、どこかで聞いたことがある」となるはずである。

前述したように、どんなにユーチューブやユーチューバーに疎い日本人であっても「ヒカキン」や「はじめしゃちょー」などに関しては「どこかで聞いたことがある」などと答えるだろう。

だが、少なくとも日本においては「縦読み漫画(Webtoon)の作品名」を何一つ知らない者が非常に多い。

筆者の家族に訊いても「縦読み漫画(Webtoon)の作品名を一作品以上、挙げられる者」はいなかったし、知人数名に訊いてもそうだった。

さきほどのTogetter記事に「Webtoon(縦読みマンガ)で本当に面白いおすすめの漫画をメモしておくよ」という文章があり、『母が契約結婚しました』、『俺だけレベルアップな件』、『死して生きるSSS級ハンター』、『ザ・ボクサー』といった作品が紹介されていた。しかし、これらの作品名は筆者にとって初耳だったし、日本で「これらの作品のおおまかなあらすじ」や「それらの作品の主人公がどういったキャラクターなのか」などを答えられる者はかなり稀なのではないか。

 

 

日本でWebtoon市場が苦戦している理由としては様々なものが考えられるが、端的に言えば「漫画の作り手の個性」が見えづらいことが挙げられるかと思う。

日本で凄く売れている漫画を一つ一つ見ていくと、どのヒット作も作り手の個性が如実に表れていることが分かる。

一例を挙げると、『名探偵コナン』であればコナン君や毛利蘭や灰原哀といったキャラクターの魅力、黒の組織に関連したサスペンス的要素(単行本18巻から43巻あたりまでの組織編の完成度は群を抜いている)、時折あらわれるホラー要素などに青山剛昌先生の個性を見出すことが出来る。

『BLEACH』にしても、ネーミングや言語のセンスの高さ(たとえば「始開」の上位互換の固有名詞を考案するとき普通の人であれば「次開」や「終開」といったネーミングにするだろうが、久保帯人先生は「卍解」という常人離れしたネーミングを行っている)や、作中世界に関する設定の独自性、単行本の最初の頁を開くと載っている詩、そしてキャラクターごとにテーマ曲を設定するほど音楽との親和性が高い点など、作品の随所に久保先生の個性が表れている。

 

一方で、『母が契約結婚しました』、『俺だけレベルアップな件』、『死して生きるSSS級ハンター』、『ザ・ボクサー』といったWebtoon作品に、作者独自の個性がどれほど窺えるのかは疑問の余地がある。

たった今、これらの作品をネット検索して大まかなストーリーを調べ、実際の作品の冒頭十数ページを読んだが、ストーリーやキャラクター造形や絵柄に作り手個人の独自性を見出すことは難しかった。

 

 

最後に、前述したTogetter記事への私見を述べて、本記事を結ぼうと思う。

 

 

 

インクエッジ:新しい事業というのは大なり小なり賭けは必要で、挑戦した者が賭けに負けたからってそこは「ご愁傷様」くらいのもので、「戦ってすらいない者が戦って負けた者を見下す」というのはあまり好きでない

ただその挑戦において、既存業界は時代や世界に遅れている…式のアジをわざわざやるのであれば、負けたときにボロクソに笑われるのは必定というか「それ自体が賭け」なので、理不尽でなく甘んじて受け入れなければならないのはある

タピオカが流行るときには他のドリンクが指さされ「あれは時代遅れ」なんてアジられちゃいなかったでしょう

 

「アジ」はアジテーション(煽り)という意味である。日本の漫画業界がデジタル化に後れを取っていたというのは確かだろうが、「従来の日本の漫画はオワコンになり、これからは縦読み漫画(Webtoon)の時代が来る」という予測は正しくなかったようである。

 

 

 

ぶたお@もてラジ:「Webtoon儲かるぞ!」とみんな群がりすぎて、収益化できずに畳むところが出過ぎたせいで「Webtoonが終わった」みたいになってるわけね。これ週刊漫画雑誌界でもあったし、貸本劇画界でもあったことだし、ボビーパソコンや家庭用ゲーム機でも起きたこと。長期的成長分野でも一時的な衰退は必ず起きる。

 

「貸本劇画界でもあったことだ」とあるが、21世紀現在、貸本劇画界の市場はほぼほぼ絶滅状態であり、「一時的な衰退」と表現できる範囲を超えている。Webtoonが世界的に注目されている分野であることは、日本でも長期的成長分野であることを意味しない気がする。

 

 

 

ルイルイ@低浮上気味 :コミコの縦読み漫画面白かったので、あれが育たなかったのが残念無念。しかしゲーム海賊版が話題になったときも思ったけど、公式に金払いたくない層はなんなのだろう 

 

少し前に漫画村騒動があったが、当時の報道を思い返すと、ああいった違法サイトで主に扱われていたコンテンツは『One Piece』や『名探偵コナン』など、Webtoon普及以前から人気を得ていたような漫画が多かったような記憶がある。結局のところ、従来の日本の漫画であろうとWebtoon作品であろうと、海賊版サイトを利用する者は後を絶たないということなのだろう。

 

 

 

(以下はTogetter記事のコメント欄からの引用。)

 

 

 

一里塚:まとめ中に出てたBL部門にファンがついたっていうのも美麗フルカラーっていうビジュアル面での分業制の強みはあったと思うのだけど、なにしろ演出が間延びしてメリハリつきにくい感じはあったので、単純にコマ割り、見開き、めくりが使える既存の漫画形態に対して表現上の強みを作りにくかったんちゃうかなぁ、と。いくつかは読んだけど刺さるものがなかった。

 

縦読み形式によって得られる「スマホでの視認性の高さ」は、従来形式の日本の漫画が築き上げてきた「コマ割り」や「見開き」や「めくり」といった演出の魅力を上回っていないのかもしれない。惰性で購入されるケースもあるが、読者が漫画にカネを払うとき、そこにはその漫画への期待がある。わざわざ面白さを期待して買った漫画を読むときに優先されるのは「スマホでの視認性の高さ」よりも「その漫画が面白いか否か」である。

 

 

 

SK2(神経痛):縦とか横とか色が付いてるとかじゃねえんだよな。面白いかどうかだけが重要だ。

 

至言。絵が下手としばしば指摘される福本伸行作品が昔から人気なのは、ストーリー(プロット)が面白く、台詞回しが天才的だからである。

 

 

 

コスモピアニスト:Web動画や漫画は、1秒ごと1ページごとに視聴者が減ります。そうならないようにまずは冒頭の『つかみ』を工夫するのですが、Webtoonはつかみが先送りされている作品だらけです。しかも延々縦スクロールしないと話が進まない。当然ながら1ページあたりの情報量も少なく、タイパやコスパが悪いエンタメだとも感じます。
 
このコメントを読んで気になったのだが、Webtoon発祥の地である韓国では「つかみが先送りされている作品だらけ」という欠点が人気に悪影響を及ぼしていないのだろうか。Webtoonが人気な地域の実情に詳しい方がいらっしゃれば、本記事のコメント欄などでご教示くださると幸甚に思う。
 
 
 
ぽてち:WEBTOONも面白ければそれなりに読む立場から言うと、作家買いは本当に全くしない 誰が原作で作画かとか意識すらしない ファン同士で盛り上がるとかマジでない 本当に消費する「だけ」で終わる
 
音楽グループやバンドでは「このグループの新曲だからレコードやCDを買おう」や「このバンドの新曲だからサブスクでこの新曲を聴こう」といった「作家買い」がしばしば行われている。或る曲がヒットしたときも、作曲者や作詞者や編曲者などにしばしば注目が集まる。ライブなどのイベントに際して、その音楽グループやバンドのファン同士が盛り上がったり、親睦を深めたりすることは少なくない。日本の従来形式の漫画でも『名探偵コナン』や『鬼滅の刃』などのファンが集まって、その作品の魅力等を語り合うという光景がよく展開されている。Webtoonが日本で大成長を遂げるにあたっては、まだまだ必要なものが多そうである。
 
 
 
たる:ピッコマでいろいろ読んでたけど、Webtoonは翌週には全然話覚えてないときあって、スルスル読めはするんだけどそのまま頭から抜けていっている感じがする。そんでいろいろ脱落していって、今まともに読んでいるのは今世は当主になりますだけになってしまった。

この文章を読み、「へえ縦読み漫画界隈には『今世は当主になります』という作品があるんだ」と思った。確かに、「WEBTOONは情報を消費するだけでスクロールし終わったら漫画の内容がすぐに頭から抜けていってしまう」という指摘はよく見聞きする。
 
 

鈍色ギャランドゥ:画面がスカスカで空白を埋めるためにやたらとグラデーションを多用するイメージしか無い。 テンポよく読もうと思ってもスカスカさとスクロールの多さでつんのめる。 本の形としては最悪に近い。
もるのがわちょうすけ:WEBTOONってPCだと死ぬほど読みにくいんだよなあ
ひつじ:絵は好きなんだけどなんか1話の内容が薄くて読み応えがないんだよね
魔宵蛾:消費のされかたが昔でいうケータイ漫画や未だとショート動画で、基本無料な読み捨て系なのに、大量に用意しなければ人が来ないサイトにやたらコストのかかるカラー作品おいて、結局は埋没してしまってるのだもの。一部の成功例以外、後発は辛いと思うよ。
 
デジタル対応が遅れていると指摘されがちな日本の漫画業界ではあるが、ここ最近は『スパイファミリー』や『2.5次元の誘惑』や『タコピーの原罪』や『みいちゃんと山田さん』などのように、デジタル発でありながら単行本という形式でも凄く売れている漫画が多数みられるようになっている。その一方で、Webtoonはスマホでの閲覧に最適化しすぎてパソコンでの閲覧や単行本化に向いていないのではないだろうか。筆者はそもそもWebtoon作品に詳しくないし、単行本化されたWebtoon漫画が日本で凄く売れているという話を聞いたこともない。
 
 
 
denev@_denev_:そりゃそうでしょ。漫画なのに、ビジネスモデルの話ばっかりで、漫画の話ぜんぜんしてなかったもん。
ああああ@Oa3nLprTe594767:北米、欧州でも次々撤退続きじゃん
mato@mato93541838:オワコン煽りみたいな、本来客になるはずの日本の漫画を読む層に喧嘩売るような宣伝の仕方してたのが駄目すぎ
 
その通りである。2020年代初頭の日本で「これからは縦読み漫画(Webtoon)の時代だ」と主張していた連中は「なぜ従来の日本の漫画がオワコンとなり、縦読み漫画(Webtoon)が日本の漫画市場を席巻するようになるのか」といったビジネスモデルの話ばかりをしていた。
2021年ごろにTwitterで「縦スクロールマンガの台頭」を熱弁していた田中圭一(はぁとふる倍国土)さんもリプライ欄で「50近いと人気の縦スクロールマンガの情報をほぼ知らない状態です。 どんなのが人気なんでしょう?」とWebtoonの人気作を問われた際、「異世界転生ものが主流で、韓国の人気作品を翻訳しているものが多いです」と抽象度の高い返答をしており、具体的な作品名を挙げていなかった
或る外国人が別の外国人に「自分は日本の漫画の情報をほぼ知らない状態です。どんなのが人気なんでしょう?」と尋ねたとき、普通は「そうですね、『ドラゴンボール』や『NARUTO』などといったアクション系の作品や、『あたしンち』や『クレヨンしんちゃん』などといった日常系が人気ですね」などといった返答になるのではないだろうか。
そう思った筆者は、「もしや田中圭一さんって今までの投稿で縦読み漫画(Webtoon)の具体的な作品に余り言及してないのでは」という疑問を持ち、試しにエックスで「from:keiichisennsei 縦スク」や「from:keiichisennsei 縦スクロール」と検索してみた。
すると、驚くべきことに、彼が縦読み漫画(Webtoon)の具体的な作品に触れているポスト(ツイート)はたったの一つしか見当たらなかった。
しかも、そのポストで触れられていた作品はなんと彼自身の手による漫画だったのだ。
自作漫画の宣伝ツイートを除き、縦読み漫画(Webtoon)の具体的な作品に触れているポスト(ツイート)が見当たらなかったとうことは「漫画なのに、ビジネスモデルの話ばっかりで、漫画の話ぜんぜんしてなかった」というコメントを裏付けているように感じられる。
 
 

渾沌七竅的没@10lilv3KWF49167:ウェブトゥーン、たくさん読んできたけど完結に100話以上かかる。これにすべて課金するとなると3万円以上払うことになる。 物語のフォーマットがすべて同じなため、鬼滅のようにこの物語しかない、という状態ではない。シンデレラのように最後は結婚して終わりなためおすすめするとなると見た目が好みのイケメンやヒロインのやつを読め!としか言いようがない。 あと50話ぐらいで飽きるので100話以上も払えないのが最大の理由
やつ@kubitsukkomi:webtoonってごく一部に面白いのはあるんだけど、大多数が量産型ゴミなんだよ。日本の漫画にもゴミは確かにあるんだけど少女マンガ少年漫画みたいな分類とジャンプマガジンみたいにある程度のクオリティを担保する指標があって選びやすい。Webtoonは全部はひっくるめてWebtoonだからゴミが混ざりやすくなる。ごく一部お面白いのでもお金だしたいと思うのはなく無料でまあよかったで終わる。折角分業で話のクオリティ上げやすい環境なのに量産型の最強・異世界・ざまぁはやめれば。韓国設定を日本設定に変えるのも嫌
 
ストーリーがありきたりで、パターン化されすぎていれば「Webtoonって似たような漫画ばかりだよね」という評価が広がっていくこととなる。漫画の読み手の可処分時間は有限であり、量産型で個性の乏しい漫画に多くの金銭や時間を費やしたいという人は少ないだろう。
 
 
 

このように、長々と日本のWebtoon市場について述べたが、全体的に「Webtoon作品は知らないが、Webtoon(縦読み漫画)というジャンルの存在は知っている」という意見が目立った。

このことはWebtoon参入企業が当時、日本でそれなりのマーケティング戦略を行っていたことを示唆しており、日本のWebtoon市場の苦戦はWebtoon参入企業の宣伝の不足等によるものではないと考えられる。

日本のWebtoon市場にどれだけの将来性があるのかは誰にも分らないが、既存の日本の漫画を上回るWebtoon作品が続出しない限り、日本のWebtoon市場は厳しいままなのではないだろうか。