〇曲名の謎
私がハイロウズの「日曜日よりの使者」という曲を知ったのは10代の頃だと思う。
当時からアメイジング・グレイスとメロディが似ていると感じていたのだが、調べてみると「Will the Circle Be Unbroken?」がメロディの元ネタらしいと分かった。
時系列で並べると、10歳以前からアメイジング・グレイスは知っていて、10代の頃に「日曜日よりの使者」を知り、そして成人してから「Will the Circle Be Unbroken?」を知ったという流れになる。
メロディは兎も角として、かつて私は、この曲を聴くたびに、ちょっとした疑問を抱いていた。
それは、なぜ「日曜日からの使者」ではなく「日曜日よりの使者」という曲名なのだろうかという疑問である。
「(名詞)からの」という表現は頻繁に見聞きするが、「(名詞)よりの」という表現を見聞きする頻度は高くない。
助詞「より」ではなく名詞「寄り」であれば「右寄りの政治家」などといった例が容易に浮かぶものの、「からの」という意味で「よりの」が使われている例は現代の日本語において珍しいのではないだろうか。
「より」は、破裂音であるカ行の「か」を伴う「から」と比べて、歌声の響きが柔らかく聴こえるなどといった理由なのかなと考えていたのだが、興味深い記事があった。
この曲を書いた甲本ヒロトと親交のある山本正之は「星よりの使者」という曲を発表しており、「日曜日よりの使者」という曲名は、その曲名に影響を受けているのではないかという説である。
「日曜日よりの使者」と「星よりの使者」の歌詞を以下に示すが、確かにメロディの終わりに「星よりの使者」を繰り返すという歌詞の構成は、「日曜日よりの使者」と共通している。
〇「日曜日よりの使者」歌詞
※このまま どこか遠く 連れてってくれないか
君は 君こそは 日曜日よりの使者※
(※繰り返し)
たとえば 世界中が どしゃ降りの雨だろうと
ゲラゲラ 笑える 日曜日よりの使者
きのうの夜に飲んだ グラスに飛び込んで
浮き輪を浮かべた 日曜日よりの使者
適当な嘘をついて その場を切り抜けて
誰一人 傷つけない 日曜日よりの使者
△流れ星が たどりついたのは
悲しみが沈む 西の空△
□そして東から昇ってくるものを
迎えに行くんだろ 日曜日よりの使者□
(※繰り返し)
たとえばこの街が 僕を欲しがっても
今すぐ出かけよう 日曜日よりの使者
(△繰り返し)
(□繰り返し)
〇「星よりの使者」歌詞
嵐の砂漠を二人で越えて
たどりつけば地上絵に 船が降りてくる
ここで添えない運命ならば
連れてって連れてって 星よりの使者
幾億光年 移り棲むところ
水も空気もあらずとも 心咲き擾れ
光の速度でワープをすれば
夕ごはんを持ってくる 星よりの使者
タダイマ、オカエリ、シアワセデスワ
愛しい子供たちに お話をします
円い枠の中 陸と海との
懐かしい線ばかり 星よりの使者
オリオン、カノウプス、北洛師門
数え切れない時を過ぎ いつかもう一度
遠い空へと旅立つことを 知っているのね
そうなのね 星よりの使者
二人は石になり そして風になり
やがて宇宙の夜になり 姿消えようと
愛しているからね 愛しています
連れてって連れてって 星よりの使者
嵐の砂漠を越えたあの日まで
たどりつけば地上絵が果てに続いてく
そこで出会える運命だから
あなたこそ 君こそは 星よりの使者
あなたこそ 君こそは 星よりの使者
〇考察と補足
この2曲はメロディ自体が似ている訳ではないが、メロディの構成が似ている。
「日曜日よりの使者」は「流れ星が たどり着いたのは 悲しみが沈む 西の空」というサビのメロディを除けば、一つのメロディを繰り返すことで曲が構成されている。
「星よりの使者」も「嵐の砂漠を二人で越えて たどりつけば地上絵に 船が降りてくる ここで添えない運命ならば 連れてって連れてって 星よりの使者」のメロディを6回ほど繰り返すことで曲が構成されている。
記事の執筆者は<そしてこれは証拠を示せないけれど、「日曜日よりの使者」の曲調は山本正之の曲に似ています。初めて「日曜日よりの使者」を聴いたとき、ザ・コーツ時代の「セッション」のように山本正之が楽曲提供したのかと思ったほどです>と述べているが、証拠や根拠を示すならばメロディ(歌メロ)の構成が挙げられるだろう。
J-POPは「Aメロ・Bメロ・サビ(・Cメロなど)」というメロディ構成が多い。つまり大体3つ(か4つ)ほどのメロディを組み合わせて構成されている。
それに対して、洋楽はJ-POP同様に3つ(か4つ)ほどのメロディの組み合わせで構成されている曲もあるし、「Aメロとサビだけ」という構成の曲も珍しくない。Aメロとサビだけで構成されている場合、その曲は2つのメロディの組み合わせで構成されていると言える。
だが、「星よりの使者」は、たった一つのメロディだけで構成されている。
「日曜日よりの使者」はAメロとサビだけで構成されている曲であり、たった一つのメロディだけで構成されている曲ではないが、実際に「日曜日よりの使者」を聴けば分かるように、「流れ星が たどり着いたのは 悲しみが沈む 西の空」のメロディが歌われている2か所を除けば一つのメロディの繰り返しとなっている。
山本正之の代表曲「燃えよドラゴンズ!」も一つのメロディの繰り返しで構成された曲であり、雰囲気が「山本正之の曲に似てい」ると感じられるのも自然なように思う。
この2曲の共通点は、曲調やメロディ構成だけではない。
メロディの終わりに「星よりの使者」や「日曜日よりの使者」という歌詞が来るという共通点は前述したが、「日曜日よりの使者」の歌詞を見ると、「連れてって」というフレーズや、動詞「たどりつく」、名詞「空」など、「星よりの使者」と共通する語句が含まれている。
歌詞全体を見ても、隔たりについて歌われているという共通点を見出すことが出来る。
「星よりの使者」の歌詞は「星から嵐の砂漠を越えてゆく」などといった空間的な隔たりを感じさせる。
「日曜日よりの使者」の歌詞は「日曜日以外の曜日にいる僕を日曜日へ連れてゆく」などといった時間的な隔たりを感じさせる。
因みに、「星よりの使者」は1990年12月発売のアルバム『才能の宝庫』に収録されており、一方の「日曜日よりの使者」は1995年10月発売のアルバム『THE HIGH-LOWS』に収録されているので、「星よりの使者」が先に発表されている。
「Will the Circle Be Unbroken?」のメロディと「日曜日よりの使者」のメロディが似ている理由についてだが、ザ・クロマニヨンズのインタビューで甲本は自身の作詞作曲スタイルを語っている。
甲本 作曲とか作詞という経験がないといっていい。「ある」んですよ、詞と曲というか歌が。それは生活してると、ポンと思い浮かぶんですよ。作るぞ!と思うんじゃなくて、ハッと思いつくんです。それは、いつ思いつくかはわからないんで、締め切りがあったら大変なことになるんですけど、ハハハ。
ーー自ずと溢れるままに?
甲本 溢れもしない、あ、溢れる時もある。1番の歌い出しから3番の最後まで、3分間の曲が3分間でズルズルズルーッとでてきて、はいできた!という時もあるし。できたじゃないな、あった。そういうときは不安になるんですよ。もしかしたら、どこかで聞いた歌かもしれない。と思って一生懸命思い出すんですけど、ああこれ僕のオリジナルだって。それをスタジオに持って行く。だから、わかんないですね、どうやってできてるのか。だからそれを文字に起こしたときに、整合性のない、なんだこれ意味わかんない、というのはよく言われます。
ーーそれは本人にも理解できないんですか?
甲本 うん、僕は考えて作ってるわけじゃないから、適当なんです。
ーーでも作詞作曲のクレジットは入るわけで。
甲本 うん、僕はそれを味見をするんです。美味しいか美味しくないか。美味しい!と思ったら、それが意味が通っていようがいまいが、みんなに分けてあげようって思う。
つまり、甲本はコード進行からメロディを考えて作曲するのではなく、気づいたら詞と曲が頭に浮かんでくるというスタイルで作詞作曲をしている。
このスタイルだと、インタビュー中の台詞にもあるように自分が考案したメロディと他人が考案したメロディが混じってしまうことも起こりうる。
もちろんB'zのように洋楽から意図的に剽窃しているならば著作権などといった問題が生じるだろうが、「Will the Circle Be Unbroken?」は既に著作権が切れており、その点の問題はない。
最後に文法面の話を述べる。
現代の日本語において「星よりの使者」よりも「星からの使者」のほうが自然な表現に聞こえるのは、助詞「より」と助詞「の」の組み合わせが不自然とされるためである。
個人的には「星よりの使者」は「『星より』の使者」と捉えるべきなのかなと思っている。
手紙やメッセージ文で「(名詞)へ」や「(名詞)より」という表現が多用されるように、隔たりのある相手とのやり取りでは「(名詞)へ」や「(名詞)より」などといった表現が用いられやすい。
本曲は空間的な隔たりを感じさせる歌詞となっており、その影響で「『星より』の使者」というフレーズが誕生した可能性は否定できず、「(名詞)への」という言い回しがあるのなら「(名詞)よりの」という言い回しがあっても良いと山本正之が考えた可能性もあると筆者は考えている。